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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)80号 判決

神奈川県茅ケ崎市白浜町一-三-二七

上告人

早房長信

右訴訟代理人弁護士

朝倉正幸

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目二七番五号

右補助参加人

日本製粉株式会社

右代表者代表取締役

香木正雄

中央区日本橋小網町一九番一二号

右補助参加人

日清製粉株式会社

右代表者代表取締役

正田修

千代田区内神田二丁目二番一号

右補助参加人

昭和産業株式会社

右代表者代表取締役

井上信男

中央区八丁堀四丁目一一番二号

右補助参加人

日東製粉株式会社

右代表者代表取締役

泉一雄

右当事者間の東京高等裁判所昭和五八年(行ケ)第一六七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人朝倉正幸の上告理由について

所論は、本願発明の構成及び引用例の記載事項について縷々述べるが、その要点は、本願発明が引用例記載の発明と同一のものであるとした原審の認定判断及びその過程には、特許要件である発明の新規性に関する法令の解釈適用を誤った違法、あるいは経験則違反又は理由不備の違法があるというにある。原審はこの点に関し、引用例記載の発明が、本願発明と同様、小麦粉練り製品の連続的製法に関するものであり、そこにおいては、ホッパー及びノズルの排出口からそれぞれ供給された小麦粉及び水が、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に、それぞれごく微細に分散した状態で互いに接触し合うのであって、その現象は本願発明における具体的方法と差異がなく、本願発明の方法の構成に相当するものであるとした上、引用例記載の発明は本願発明と同じく、小麦粉練り製品製造における加水熟成方法に関するものであって、結局、本願発明は引用例記載の発明と同一のものであるとした本件審決の認定に違法はないとしたのであるが、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成二年(行ツ)第八〇号 上告人 早房長信)

上告代理人朝倉正幸の上告理由

本上告理由は、次の三点である。

第一点 原判決には、特許法第二九条一項一号の解釈適用を誤った違法があり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない。

即ち、原判決は、審決が本願発明と引用例に記載された発明とは同一のものであると判断したことが違法でないと判断したが、右原判決の判断は、原判決が本願発明の特許請求範囲および引用発明が開示した内容を誤って解釈適用したものである。

第二点 原判決は、その判断に影響を及ぼすこと明らかな経験則の違背がある。

即ち、原判決は、引用発明の内容について、要するに、「ホッパー及びノズルの排出口からそれぞれ供給された小麦粉及び水は、その排出口に対応する円筒の入口端部において分散され、遠心作用及び推進作用を受けると同時に、小麦粉と水と微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触し合うものであることが開示されていることが認められる」(59丁表)と認定するが、右認定は引用発明の明細書の内容を把握するについて、多くの経験則(物理法則にすら違背している)に違背し、その結果原判決には、特許法第二九条一項一号の解釈適用を誤った違法があり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。

第三点 原判決には理由不備の違法があり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れない。

Ⅰ.原判決における本願発明および引用発明の認定。

イ) 原判決は、本願発明について、51丁裏から55丁裏の「1.本願発明について」の節の(一)項および(二)項において、本願特許公報より本願発明の技術的課題・構成および効果等に関する記載を引用したうえ、本願発明を次のように認定した。

本願発明の要旨は、本願明細書の特許請求の範囲の記載のとおりであると認められるところ、右特許請求の範囲の記載の、「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法とは、前掲甲第一号証によれば、具体的には、「1)小麦粉を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で浮遊させ、これに水を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で微粒子化して浮遊させて互いに接触、結合させる方法。2)薄い幕状に広げた小麦粉に水を噴霧させる方法。3)小麦粉と水の微粒子をそれぞれ逆に帯電させ吸着させる方法。4)これら1~3の方法を適宜組合わせて行う方法。」を指すものであることが認められる。[55丁表五行から裏六行]

即ち「本願特許請求の範囲に記載の「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法とは、具体的には実施例記載の方法を指す」と認定した。

ロ) 続いて、原判決は、55丁裏七行から59丁表三行の「2 引用発明について」の節の(一)項に、引用例の発明の目的・作用効果の一部分・構成の特徴の一部分を、原告の主張を批判しつつ引用した後、同節(二)項に次のように認定した。

(二)右記載によれば、引用発明は、本願発明と同様に、小麦粉練り製品の製造における生地を二〇秒以下という短時間の処理の下に製造できる連続的製法に関するものであり、ホッパー及びノズルの排出口からそれぞれ供給された小麦粉及び水は、その排出口に対応する円筒の入口端部において分散され、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に、小麦粉と水の微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触し合うものであることが開示されていることが認められる。この、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象は、本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるといえるから、本願明細書の特許請求の範囲に記載された「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法に相当するものといわなければならない。[59丁表四行から同裏七行]

即ち「引用例の遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象は、本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるといえるから、本願明細書の特許請求の範囲に記載された『当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する』方法に相当するものといわなければならない」と認定する。

ハ) また、原判決は、本件発明と引用例の発明の目的の違いについての原告の主張を退け、次のように認定している。

なお、原告は、引用発明が本願発明と同様小麦粉練り製品製造における加水熟成方法に関するものであるとした本件審決は誤りである旨主張する。

しかし、本願発明は、加水浸透によるグルテン化の工程に特徴を有するものであるとはいえ、前記1(一)において認定した事実によれば、「……純粋に加水を完了し、その後において必要とする場合には必要に応じて練り工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのss結合化=網目構造化を行う加水熟成方法である。」というのであるから、本願発明における加水熟成方法がグルテンのSS結合化を排除するものでないことは明らかであり、これは、引用発明におけるドウの製造方法に他ならないものであるから、本件審決の前記認定に誤りはなく、原告の右主張は採用できない。[59丁裏八行から60丁一〇行]

ニ) そして、原判決は、「2 引用発明について」の(三)項に、次のように結論する。

(三)以上の事実によれば、引用発明は本願発明と構成を同一にするといえるから、本願発明は引用発明とは同一のものであり、同旨の本件審決の認定判断に誤りはない。[60丁表一一行から同裏二行]

Ⅱ.本願発明と引用例の発明―明細書の項目別記載内容

本願発明と引用例の同異について対比するために、両発明の名称・技術分野・目的・課題・構成・作用効果・特許請求の範囲を、それぞれ明細書の記載により明らかにする。

イ) 両発明の名称

(イ-1) 本願発明の名称

本願発明の名称は「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」である。

「小麦粉練り製品」とは「小麦粉のこねられた生地」、引用例の発明で言えば「ドウ」のことである。

本願出願当初の名称が「小麦粉への加水方法」であったところ、審査の過程で、特許庁より「小麦粉への加湿技術とまぎらわしいので、小麦粉を練って作る生地をつくるための加水であることが読み取れる名称に変更せよ」との指示を受け、「小麦粉練り製品製造における加水方法」と変更した。

現在の名称の「加水熟成方法」とは「加水と水分均等化の方法」を意味し、一般的に言う「加水方法」のことである。

製麺業界において「熟成」の用語が意味するところは、従来技術におけるミキシングの工程で水分を小麦粉中に十分に拡散・浸透させて均等化することができなかった水分を、生地を寝かせておくことによって拡散・浸透の進行を待つ、「水分を均等化する技術」である。

本願発明においては、加水の当初に「均等化」が理想的に実現し、従来「熟成」工程を待って実現し得た均等化を、加水の当初に完了してしまうので、補正手続きにより 「加水方法」に「熟成」の語を加え「加水熟成方法」とした。(これらの経緯は、準備書面を通じて東京高等裁判所にも伝えた。)

従って、「加水熟成方法」とは、語順に従って言えば「加水均等化方法」であり、その意味するところに忠実に言えば「水分を均等化する加水の方法」を意味する。一般的に言う「加水方法」である。

本願発明の名称は、本願発明が、「小麦粉のこねられたドウ作り」の諸工程中の、最初の一工程である「加水方法」に関する技術であることを示している。

(イ-2)引用例の発明の名称

引用例の発明の名称は「ドウを作るための方法と装置」である。

ドウは、英和辞典《小学館ランダムハウス英和大辞典》に「=1練り粉、こね粉、生パン 2(練り粉状の)柔らかいかたまり」と記されているように、パンや麺を作るための「こねられた生地」のことである。

引用例の発明の名称は、引用例の発明の技術が「こねられた生地を作るための方法と装置」であることを示している。

ロ) 両発明はどのような技術分野にかかわる発明か

(ロ-1) 本件発明の技術分野

本件発明の「発明の詳細な説明」の欄には、特にこれが本願発明の技術分野を示す記載であるという記載はないが、明細書全体の記載を通じ、また、明細書冒頭記載の「発明の名称」に「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」と明記されており、本願発明が、「小麦粉のこねられたドウ作り」の諸工程中の、最初の一工程である「加水方法」に関する技術であることがわかる。

(ロ-2)引用例の発明の技術分野

引用例の発明が、その名称の意味するところから「(こねられた生地である)ドウを作るための方法と装置」であることは、前記「引用例の発明の名称」の項に記したが、引用例には次の記載がある。

この発明の主目的は、ベーカリー製品やパスタの製造に適した条件のドウを連続的に作ることにあります。(括弧内は省略)[1頁一二行から一七行]

処理時間がほんの何秒台という非常に速いやり方で、優れたドウを作る方法と装置とを提供するのがこの発明の目的です。[1頁二七行から三一行]

との記載に続いて、

粉と水が適切な割合で混ぜられた時、最初の段階の生成物は、その中で澱粉とグルテンの水和がはじまる懸濁液としての粘稠度を有します。この懸濁液を、弾性があってねばねばするゴム状合成物のような弾性を示す物質にまで転化させてグルテンを粘らせるためには、この懸濁液をさらに機械的に処理すること(通常は少なくとも二〇分間)が必要です。[1頁三八行から四八行]

と、粉体原料と液体原料とが入り混じっただけの状態の懸濁液状の原料を、引用例の発明が求めるドウにおいては、更に機械的に処理(=攪拌混合)してゴム状合成物のような弾性を示す物質にまで転化させてグルテンを粘らせることが必要であると記されており、引用例の発明の技術が「こねられた生地を作る」技術に係わる発明であることを示している。

ドウの中のイーストによって引起される發酵が、製パン技術における重要な一つの要素であることが起想されるべきです。何故ならば、それは多糖類を生み出す澱粉の分解を引起こすからです。その多糖類はカラメル化してパンに独特な茶色がかった外皮と芳ばしい香りを与える物質(デキストリン)をパン焼きがまの温度(およそ二五〇℃)で生じます。このように、製パン用のドウ作りにあたっての基本的問題は、何れかの知られている手段で生地を膨張させることに加え、(単にオーブンの中のパンを焦がすのではなく)澱粉質成分アミロースのカラメル化によって前記の茶色がかった外皮が生ずるようにドウを処理することです。[1頁五四行から八二行]

引用例の発明の技術が「こねられた生地のドウを作る」技術に係わる発明であることに加え、多糖類が生成されているなど、製パン用のドウとしての条件を備えたドウ作りをも対象とした技術であることを示している。

ハ) 両発明の目的・課題(解決すべき従来技術の問題点)

(ハ-1) 本願発明の目的・課題

本願発明の明細書の「発明の詳細な説明」のはじめに、従来の方法が「容器の中に何等かの形状の回転翼を有する構造のミキサーを使用し、容器の中に小麦粉と水を入れ、回転する翼でこれを攪拌あるいは加圧することにより、部分的な含水小麦粉をこまかくくだき、均質化し、また水分を他の粉末部分に浸透させてゆく。また、同時にねばり成分に転化した蛋白質(グルテン)の結合を促し、この網目構造を作りあげてゆくのである。」[1欄二〇行から二七行]との記載に続き、本願発明の「課題」が次のように記される。

この方法は、小麦粉中に含有される空気泡が水分の拡散と(小麦粉中の)蛋白質と(水分と)の結合を妨げるため、かなりの長時間を要し[1欄二八行から三〇行]

ミックス工程中においては、(小麦粉中の)蛋白質への加水による、粘り成分=グルテンへの転化を完了することはできなかった[1欄三一行から三三行]

もっと正確に表現すれば、その後のグルテンへの転化が可能な(はずの)水分を含有する諸過程中においても、この転化=グルテンの活用を完了することができず、小麦粉中のねばり成分を活かしきれなかった[1欄三三行から三七行]

これを改良するため、ミキサー中を減圧し、あるいは麺体を加圧して空気泡を取り除いて水分と(小麦粉中の)蛋白質との結合を促す方法等も考案されているが、製品中の微小空気泡がほとんどなくなるために、製品のゆであげ時間を長引かせ、また、味を著しく損ねるため、この方法も一長一短の状況にある。[2欄二行から八行]

従来のミキサーによる加水熟成工程(=加水と水分均一化の工程)は、また前記のように、水と結合し、ねばり成分=グルテンに転化した蛋白質の結合(=SS結合)(化)の工程でもあるが、この結合は一旦できあがった結合が、その後の攪拌・加圧等により破壊される性質のものであり、しかも、一旦破壊された結合は、引き続く攪拌・加圧によっては再結合しない性質のものである。[2欄九行から一五行]

「従来のミキサーによる加水熟成工程は、1)水の浸透による蛋白質のグルテンへの転化、2)グルテンのSS結合によるグルテンの網目構造化、3)早期にグルテン化し、SS結合が完了した結合構造の破壊、そして4)多少の細胞粒子の遊離粒子化と澱粉の損傷と損傷澱粉の含水が、時間の変化と共にその比率は変化するが、同時に進行する工程である。1)の転化が従来の方法では部分から全体に及ぶ漸進的な、時間を要するものであるために、3)の破壊や4)の現象が生じ、2)のSS結合化の量が3)の破壊の量に比べて大きい間は、いわゆる粘弾性を増す(ミキシングを継続すべき)過程であり、3)(の量)が2)(の量)を越えた時点からが、いわゆるオーバーミキシングの(ミキシングを打ち切るべき)過程である。この3)の結合(組織の)破壊が同時に進行する従来の方法は、グルテンの活用の観点からみて大きな問題があると言える」[2欄一六行から三二行]

また、従来のミキサーによるミキシングは、ミキシングに際して小麦粉への水分の供給が、容器等でまとめて投入する方式であるにせよ、散水装置等による分割投入方式であるにせよ、大小の違いこそあれ、まず、部分的な過剰添付部分と未添付部分とを用意し、ここから、水分の拡散と均一化をめざすミキシングを始める性質のものであるため、この過剰添付部分の過剰な遊離水分の一部は最後まで遊離した状態で多数箇所に残留し、この結果、蛋白質のグルテンへの効率よい転化の観点から望ましい加水量や、加水麺体の効率のよいα化の観点から望ましい加水量に達する前に、容器や加工機器に付着し易い、やわらかい麺体となってしまい、高率加水をおこなうことができなかった。[2欄三五一行から三欄一二行]

従来の方法が、A)加水浸透による蛋白質のグルテン化の工程と、B)グルテンのSS結合による網目構造化の工程が同時に進行する方法であり、この同時進行が先に述べたように悪い結果をもたらしているばかりでなく、その要求される機能の観点からみても、例えば製パン、製麺においてはA)B)両工程が要求されるが、ソフト系の製菓においてはB)工程は必要としない[3欄一七行から二五行]

(注:必要としないB)工程をおこなわざるを得なかったため、ソフト系の製菓においてはB)工程は品質を損ねる実害をもたらしてきた)

と、「(非常に微細な粒子である)小麦粉粒子と小麦粉粒子との間に多量に存在する(さらに微小な)空気泡が水分の拡散・浸透を妨げることがその原因である」との出願人の知見にもとづいて、そのような原因を付して、本願発明が解決すべき課題を挙げている。

いずれの課題も、従来の技術では、空気泡の妨害の結果、小麦粉の中に水分が早急に拡散・浸透せず、最終的にも水分が均等化しないことによって生ずる問題点を指摘している。

(ハ-2) 引用例発明の目的・課題

引用例には、次のような課題についての記載がある。

粉と水が適切な割合で混ぜられた時、最初の段階の生成物は、その中で澱粉とグルテンの水和がはじまる懸濁液としての粘稠度を有します。この懸濁液を、弾性があってねばねばするゴム状合成物のような弾性を示す物質にまで転化させてグルテンを粘らせるためには、この懸濁液をさらに機械的に処理すること(通常は少なくとも二〇分間)が必要です。[1頁三八行から四八行]

と、粉と水を混ぜて粘りのある物質(ドウ)を得るまでの過程は、まず粉と水とが入り混じっただけの状態の「懸濁液」を得、これを粘りのある物質にするために機械的に処理、すなわちミキシングをすることが必要であると記す。そして、そのために二〇分以上もの時間を要すると、ドウ作りの時間短縮が課題であることを示す。

一方の端から粉と水とが連続的に供給される連続運転装置の中におけるこの塊りの特有の作用は、この塊りによる大きな抵抗の故もあってこの塊りを装置の排出端へ移動させることが非常に難しいことがわかっています。

また、この上記の塊りの加工性や流動性が、イーストを加えることによって、意味を持つほどには改善されないことが知られています。(括弧内省略)

[1頁四八行から五八行]

と、連続式ミキサーを作ろうとするとき、生成過程にあるドウの塊りがミキサーの中で移動し難く、連続式ミキサーの実現を困難にしていることを指摘し、実用的な連続ミキサー開発のためには、生成過程にあるドウの塊りをミキサーの中で移動し易くする方法を生み出すことの必要性を記す。

この点で、ドウの中のイーストによって引起される醗酵が、製パン技術における重要な一つの要素であることが起想されるべきです。何故ならば、それは多糖類を生み出す澱粉の分解を引起こすからです。その多糖類はカラメル化してパンに独特な茶色がかった外皮と芳ばしい香りを与える物質(デキストリン)をパン焼きがまの温度(およそ二五〇℃)で生じます。このように、製パン用のドウ作りにあたっての基本的問題は、何れかの知られている手段で生地を膨張させることに加え、(単にオーブンの中のパンを焦がすのではなく)澱粉質成分アミロースのカラメル化によって前記の茶色がかった外皮が生ずるようにドウを処理することです。

言うまでもなく、イーストが使用される時には、引き続く醗酵は、通常、制御された温度と適切な湿度条件において、少なくとも一時間を要します。

[1頁五四行から八六行]

と、引用例の発明が、製パン用のドウ作りにおいて欠かすことができない「多糖類の生成までを含むドウ作り」を対象としていること。

そしてイーストの醗酵による、通常の多糖類生成の所要時間=一時間を短縮することが課題であることを記す。

引用例は、「粘りを出してドウを得るためのミキシングに二〇分間以上」「製パン用の多糖類が生成されたドウを得るための醗酵に一時間」を要する従来技術の時間短縮の課題と、「生成過程のドウの連続装置中での移動の難しさ」を解決しなければならないとの課題を記している。

ニ) 両発明の構成

(ニ-1) 本願発明の構成

本願発明の構成は「特許請求の範囲」の記載に、解説を必要としないほどの明確さをもって記されているが、「発明の詳細な説明」欄にその構成がどのように記載されているかを観る。

本発明は、従来の有翼ミキサー等を使用して撹拌、加圧する加水熟成方法が、a)長時間を要し、しかもb)蛋白質の粘り成分化が不十分であり、c)粘り成分の網目構造化による活用にたいへんな無駄がある点に着目し、また、この方法が、A)加水浸透による蛋白質のグルテン化の工程と、B)グルテンのSS結合による網目構造化の工程が同時に進行する方法であり、この同時進行が先に述べたように悪い結果をもたらしているばかりでなく、その要求される機能の観点からみても、例えば製パン、製麺においてはA)B)両工程が要求されるが、ソフト系の製菓においてはB)工程は必要としないという点等に着目し、また、d)従来の方法が、過剰添付部分と未添付部分との混合体を撹拌する方式である結果、最後まで部分的に過剰な遊離水分が残留して麺体を柔らかくしてしまうために、必要にして十分な高率加水を行い得ない点を考慮し、両工程を分離し、ねり作用等を行う回転翼等は用いずに、小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより当初から水分が(=水分をの誤り)均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了し、その後において必要とする場合には必要に応じねり工程あるいは加圧工程を加えてグルデンのSS結合化=綱目構造化をおこなう加水熟成方法である。

[3欄一三行から三七行]

この記載の前行までに記した従来技術の問題点(=課題)を要約し、引き続き、発明の構成を「両工程を分離し、ねり作用を行う回転翼等は用いずに、小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了する」と記す。このような加水方法を行うことによって、「小麦粉中に含有される空気泡が水分の拡散と蛋白質との結合を妨げる」[1欄二八行から二九行]結果として生ずる従来技術の課題を解決すると言うのである。

[記-1] 1欄二八行に「従来のこの方法は、小麦粉中に含有される空気泡が水分の拡散と蛋白質との結合を妨げるためかなりの長時間を要し…」と記載されていることからも明らかなように、この「従来の有翼ミキサー等を使用して撹拌、加圧する加水熟成方法が、a)長時間を要し……」の記載は、「従来の有翼ミキサー等を使用して撹拌、加圧する加水熟成方法が、小麦粉中に含有される空気泡が水分の拡散と蛋白質との結合を妨げるためa)長時間を要し……」を省略した記載である。

[記-2] 末尾の「……純粋に完了し、その後において必要とする場合には必要に応じねり工程あるいは加圧工程を加えてグルデンのSS結合化=網目構造化をおこなう加水熟成方法である。」との記載を、「本願発明の加水熟成工程には、必要に応じねり工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのSS結合化=網目構造化をおこなう工程も含まれている」との意味に読み取ろうとすると、用語との間に矛盾が生ずる。

「加水熟成工程」とは、前記「本願発明の名称」の項にも詳しく記したように、「加水をする工程」のことで、「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」のことではない。

前掲「本願発明の目的・課題」に記したように、従来技術では、この「加水熟成工程」と「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」とが同時に進行して大きな弊害をもたらした。

それ故に本願発明では、両者を同時におこなうことを意味してきた「生地作り工程」や「ドウ作り工程」の名称を採用せずに、純粋な加水の工程を意味する「加水熟成工程」の名称を採用したのである。

「純粋な加水の工程を意味する『加水熟成工程』が『SS結合化=網目構造化をおこなう工程』を含む」との読み方では、矛盾する、筋の通らない表現となり、文章の組立方に、部分をみればどちらにも解釈することができる組立方があるからと言って、用語の意味するところを無視した、そのような読み取り方は許されない。

「加水熟成工程」が「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」を含むものでないことは、本願発明の名称「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」からも明白である。

本願発明の主旨に鑑み、「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」という、両者の区別を明確にした名称を本願発明は付している。「小麦粉練り製品」は、いわゆる「ドウ」や「生地」を意味し、「加水熟成工程」のみならず「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」までを経た生成物である。

本願発明の名称は「加水熟成工程とSS結合化工程で作るドウ製造における加水熟成の工程」=わかりやすく言えば「小麦粉を練った製品をつくるときの加水の方法」である。「SS結合化工程」を含むとか「練り工程を含む」と読み取ることはできない。

この記載は、当然のことながら「(加水熟成=加水を完了した)その後において必要とする場合には必要に応じ(別途)ねり工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのSS結合化=網目構造化をおこなう(ことを可能にする)加水熟成方法である。」との意味に読むべき記載である。

[特許請求の範囲]

本願発明の構成は、「特許請求の範囲」の記載に次のように明記されている。

「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付することを特徴とする小麦粉練り製品における加水熟成方法」

[記-1] 前記「小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了」する[3欄三一行から三四行]との記載からも明らかなように、「特許請求の範囲」の記載における「当初から」は「均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」に係る。

[記-2] 「直接添付する」は、「従来の方法が、過剰添付部分と未添付部分との混合体を撹拌する方式である結果、最後まで部分的に過剰な遊離水分が残留して麺体を柔らかくしてしまうために、必要にして十分な高率加水を行い得ない点を考慮し、両工程を分離し、ねり作用等を行う回転翼等は用いずに、小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ」[3欄二六行から三四行]との記載からも明らかなように、「過剰添付部分と未添付部分」を作ってから「過剰添付部分」から「未添付部分」へ水分を移動させるという間接的な添付の仕方をしないで「(当初から)小麦粉(各)粒子に直接(に)微粒子状の水を添付する」[前記記載]ことである。

従って、本願発明による加水方法の構成の特徴を、本願発明と引用例の比較に便利なように、引用例で用いられる「接触」の語を用いて記すならば、「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への水分の添付をおこなうこと」となる。

[実施例]

発明の構成に関連して、本願発明の「方法」の実施例に関する記載について、以下に挙げる。

1) 小麦粉を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で浮遊させ、これに水を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で微粒子化して浮遊させ互いに接触、結合させる方法。[4欄三九行から四二行]

実施例の1)としてのこの記載に関連して、二つの図面の記載が五頁にある。第1図は、ここで言う「小麦粉を噴霧し」「これに水を噴霧し」「互いに接触、結合させる方法」の例であり、第2図は、ここで言う「(小麦粉を)その他の物理的な方法で浮遊させ」「これに水を噴霧し」「互いに接触、結合させる方法」の例である。

本発明の実施例のうち、先ず、小麦粉と水分との直接的な結合を行う部分の装置について、第1図を参照して説明する。[5欄一六行から一八行]

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

本願明細書では、この実施例の装置についての記載の後に、この実施例の装置で得た加水小麦粉を加工して製造した乾麺と生麺の「ゆで時間についての記載」が続く。そのため、「先ず、小麦粉と水分との直接的な結合を行う部分の装置について」と記している。

1は加水空間の覆いである。2は接触、結合させる加水空間である。3は小麦粉または混合粉体の噴霧ノズルである。4は水または水溶液の噴霧ノズルである。(以下、装置の部分についての説明の記載は省略。)

[5欄一九行から三五行]

装置の各部分を説明する記載に続き、その機能のさせ方についての記載を記している。

粉体を加水空間2へ必要な形状と速度をもって噴霧させるように工夫されたノズル3により粉体は加水空間2に広げられる。[5欄三五行から三七行]

「必要な形状と速度をもって噴霧させるように工夫された」とは、実施例が、特許法の定めるところに従って、特許請求の範囲の記載に矛盾することなく記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載された接触が生ずるように、「(接触の)当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」[特許請求の範囲の記載]ような接触=「(接触の)当初から水分が均等に小麦粉の各粒子にゆきわたる」[3欄三三行から三四行]ような接触を生じさせるのに必要な形状と速度をもって噴霧させるように工夫された、の意味である。

水溶液を加水空間2へ必要な形状と速度をもって噴霧させるよう工夫されたノズル4により水溶液は加水空間2に広げられる。[3欄三九行から四二行]

「必要な形状と速度をもって噴霧させるよう工夫された」とは、実施例が、特許法の定めるところに従って、特許請求の範囲の記載に矛盾することなく記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載された接触が生ずるように、「(接触の)当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」[特許請求の範囲の記載]ような接触=「(接触の)当初から水分が均等に小麦粉の各粒子にゆきわたる」[3欄三三行から三四行]ような接触を生じさせるのに必要な形状と速度をもって噴霧させるよう工夫された、の意味である。

加水空間2において粉体と水溶液はそれぞれの粒子単位で結合し、湿粒状で下部のベルトコンベアー16の上に落下する。[6欄三行から五行]

「過剰添付部分と未添付部分とを用意して」[3欄二行から三行]「小麦粉中に含有される空気泡が水分と蛋白質との結合を妨げる」[1欄二八行から二九行]結果となることがないように、特許請求の範囲の記載に沿った「粒子単位での結合」を実施例1)の装置では生じさせる、と記載されている。

粒子単位で結合した非常に微細な粒子は、落下の過程で更に粒子と粒子とが接触して、湿粒状で落下することになる。

本発明の方法を実施する他の装置を、次に第2図を参照して説明すると、高さの低い箱状の容器19を用意する。容器19の上下の両面は容器の往復運動に応じた形状のものとする。往復運動は公知の方法ですればよいので特に説明しない。(中略)この実施例においては、容器を往復運動させることによって小麦粉微粒子に速度を与えつつ微粒子状の状態で遊離させ、水分微粒子を落下させて小麦粉微粒子と水分微粒子との結合が生ずる条件を作るものである。[4欄八行から三三行]

実施例が、特許法の定めるところに従つて、特許請求の範囲の記載に矛盾することなく記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載された接触が生ずるような条件の下に、容器に弧を描く往復運動をさせることにより、小麦粉を接線方向に放り投げ、特許請求の範囲記載の接触結合が生ずるような「微粒子状の状態で(小麦粉を)遊離させ」そこに、特許請求の範囲記載の接触結合が生ずるような条件を備えた「水分微粒子を落下させ」ることにより、特許請求の範囲記載の接触・結合を生じさせる装置である。

この装置では、浮遊する小麦粉粒子の上部表層の小麦粉粒子が微粒子状の水分と結合して重量を増し、下方へ沈降し、引き続き水分と未結合の小麦粉粒子が表層を占めて微粒子状の水分と結合する現象が継続する。

2) 薄い膜状にひろげた小麦粉に水を噴霧させる方法。[4欄四三頁から四四頁)

実施例が、特許法の定めるところに従って、特許請求の範囲の記載に矛盾することなく記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載された接触が生ずるように、「薄い膜状にひろげた小麦粉」における「薄い膜状」は「当初からの均等な添付」を可能にする薄さの「薄い膜状」である。噴霧する水の粒子の大きさも、「当初からの均等な添付」を可能にする水の粒子の大きさであることは言うまでもない。

3) 小麦粉粒子と水の微粒子をそれぞれ逆に帯電させ吸着させる方法。

[5欄一行から二行]

実施例が、特許法の定めるところに従って、特許請求の範囲の記載に矛盾することなく記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載された接触が生ずるように、水の粒子の大きさを定め、それぞれの電位の大きさも、均等な割合の吸着が生ずるように定めることは言うまでもない。

4) 1~3の方法を適宜組み合わせて行う方法。

(二-2) 引用例発明の構成

引用例の発明は、「方法」と「装置」に関する発明である。

まず、「方法」に関する発明の記載から観る。

この発明は、主に穀物粉と水からなる粉体原料と液体原料から、連続的にベーカリー製品とパスタのためのドウを作る方法を提供します。[2頁五行から九行]

と記し、続いて、

その方法は長い管状の円筒内の、円筒と同軸で円筒内で回転可能なシャフト、複数の原料を入口端部に供給するための複数の供給口、円筒の出口端部に排出口、そして前記シャフトによって回転きれ、円筒の入口端部に供給された複数の原料が、円筒の中で羽根によって集められて混合され、その結果生成する混合物が入口端部から排出端部に運ばれるように配列された多数の羽根―によって構成される連続回転ミキサーによってもたらされます。[2頁九行から二三行]

と、引用例の発明の「方法」は連続回転ミキサーによってもたらされると記される。

「その方法は複数の手段(=sleps)によって特徴づけられます」

[2頁二三行]

との記載で始まる文章で、この構成の四つの特徴が次のように記される。

この方法は、前記入口端部に粉体の原料を液体の原料と分離して供給する間に、羽根の先端に放射方向への少なくとも一〇Gの加速度が生ずるようなやり方で前記シャフトを連続的に回転させ、[2頁二四行から二九行]

両原料が、それぞれの羽根によって円筒内のアトモスフェアーに(原判決の翻訳では『空気中に』、被告の翻訳では『大気中に』、引用例の記載に忠実に引用例の装置に生ずる現象をとらえ、その記載に忠実に翻訳をした原告の翻訳では『円筒内壁面に沿った薄い空気の層に』)広げ散らされて遠心分離される状態のもとに前記の部位で両者を接触させ、[2頁二九行から三四行]

原料の円筒内への供給率は、ドウが円筒断面の全域を満たすことがないように、かつドウが羽根の先で畝をたてられて円筒内壁面に沿ってチューブ状のドウライナーを形成するのに十分な供給量を保ち、[2頁三四行から四〇行]

そして、ドウの塊を前記の排出口からライナーの動端のかたちで連続的に排出する方法、によって特徴づけられます。[2頁四〇行から四三行]

と記した上で、次の記載を加える。

以下により詳しく述べますが、シャフトの遠心速度は、羽根の先端で放射方向へ四〇Gから八〇Gの加速度が生ずるように保たれます。Gは重力加速度です。

[2頁四四行から五九行]

と、羽根の先端に発生きせる放射方向への加速度が「四〇Gから八〇G」になるようにシャフトを回転させることが好ましいことを記す。(なお、3頁八二行から八八行の装置に関する記載に、『シャフトの最適速度は、羽根の先端で四〇Gから八〇Gの放射方向への加速度を生み出すことができる速度です』との記載がある)

引用例の発明の「方法」の特徴である、……分離して供給される小麦粉と水を、入口端部の円筒内壁面に羽根の先端で遠心分離する状態のもとで接触させ、生成されつつあるドウを羽根の遠心作用で円筒内壁面に沿った管状ライナーとして維持しつつ、羽根の先端で畝を立てて撹拌し、管状ライナーの先頭をそのまま排出端から連続的にとりだす……との現象を、円筒内壁面に向かう少なくとも一〇G、好ましくは四〇Gから八〇Gの加速度の下で生じさせる、すなわち、地上で物体を落下させる重力加速度の少なくとも一〇倍、好ましくは四〇倍から八〇倍という加速度の下でおこなう、と記載されている。

円筒内に別々の供給口から供給される小麦粉や水が、羽根の先端で遠心作用を受ける現象を検討するに当り、その遠心作用を引き起こす円筒内壁面方向(=放射方向)へのこのような加速度の大きさは、引用例の入口端部に生ずる現象の如何を決定する重要な要素となる。

次に、引用例は、「装置」についての発明を挙げる。

この発明は、また、主に穀物粉と水からなる粉体や液体の原料からベーカリー製品やパスタ用のドウを作る装置を提供します。[2頁五〇行から五四行]

と前置きして、その装置を構成する四つの部分(A)(B)(C)(D)を挙げる。

(A) 長い管状の円筒内の、円筒と同軸で円筒内で回転可能なシャフト、複数の原料を入口端部に供給するための複数の供給口、円筒の出口端部に排出口、そして前記シャフトによって回転され、円筒の入口端部に供給された複数の原料が、円筒の中で羽根によって集められて混合され、その結果生成する混合物が入口端部から排出端部に運ばれるように配列された多数の羽根―によって構成される連続回転ミキサー;[2頁五六行から六九行]

連続回転ミキサーであることを示した部分で、前掲の「方法」に関する発明の「連続回転ミキサーによってもたらされる」とした[2頁九行から二三行]の記載と同一である。

(B) (連続回転ミキサーの)シャフトと連結され羽根の先端に少なくとも一〇Gの放射方向への加速度をもたらすことができる速度でシャフトを回転させることができる動力;[2頁七〇行から七三行]

(C) 円筒の入口端部のアトモスフェアーに(原判決の翻訳と被告の翻訳では『大気中に』、引用例の記載に忠実に引用例の装置に生ずる現象をとらえ、その現象に忠実に翻訳をした原告の翻訳では『円筒内壁面に沿った薄い空気の層に』)両原料を広げ散らす(判決と被告の翻訳では『まき散らす』)手段と組み合わされた粉体・液体両原料のための別々の搬送路(被告は輸送手段と表現);

[2頁七〇行から七三行]

D) 円筒の中で形成されるドウが円筒の中で羽根によって畝を立てられる管状のライナーを形成するような供給の割合で粉体・液体の両原料をそれぞれの搬送路に供給することができる前記の搬送路と連結した計量手段。

[2頁八〇行から八六頁)

引用例の発明の「装置」が、それぞれ定められた機能を有する、連続回転ミキサー部と、それを駆動する動力部と、原料搬送部と、原料の計量部とから成り立つ装置であることを記している。

続いて、

この発明の更に詳しい説明と利点について、添付の図面に関連して記述します。[2頁八七行から八九行]

として、以下、添付の図面を説明しながら引用例の装置の構造が記される。

Fig.1

〈省略〉

Fig.2

〈省略〉

Fig.3

〈省略〉

第1図は、この発明に従ってドウを連続的に作る具体的な装置を図式的に示します。 [2頁九一行から九三行]

第2図は、円筒の中で羽根が生地ライナーに畝を立てているところを示す部分観察図です。[2頁九四行から九五行]

第3図は、羽根の作用状況を示す拡大した尺度の断面部分観察図です。

[2頁九六行から九八行]

図に示された装置は、羽根を除いた長い管状の円筒10、その(中心)軸は(示されているように)水平にすることも、必要な角度に傾斜をつけることもできる円筒10からなるタイプの連続運転ミキサーMを構成しています。

[2頁九九行から一〇四行]

円筒の内径は一定です。しかし、処理される生地が並外れて大きく、急激にヴォリュームを増す変化をする場合には、円筒の内径は排出口に向かってだんだんに大きくしてもよいと理解してください。排出端には排出口12が下方に向かって設けられています。[2頁一〇四行から一一一行]

シャフト14は、円筒の(中心)軸上に、円筒の向い合った二つの壁面で可動的に支えられ、そして、適当な速度調節装置18と組み合わされた組み合わされた電動モーター16によって高速で駆動されます。[2頁一一一行から一一六行]

シャフト14は、軸方向に互いに比較的近い距離にに並べられた放射状の羽根20を推進します。羽根は、円筒の中で原料を排出口12の方へ進ませる目的で、技術的に知られた手法に従って螺旋形のライン22(第2図)に沿って並べられる方がよいのです。[2頁一一七行から一二四行]

原料を排出口の方へそらせるために、邪魔板24が円筒10の排出端に設けられています。[2頁一二四行から一二六行]

図示された装置において、粉体と液体の原料の搬送路は、ホッパー26とノズル28で表されています。これらは、円筒の長手方向に、はじめの三つの羽根20A・20B・20Cを含むシャフトの長さの範囲に、前後にずらして配列されています。[2頁一二七行から三頁一一六行]

続いて、この装置の機能と機能のさせ方が記される。

これらの三つの羽根は原料をひろげ散らす(判決および被告の翻訳では『まき散らす』であるが、円筒内のどの部位に『散らす』と解釈するかが問題であって、『ひろげ散らす』『まき散らす』との語そのものの間には大差はない。)手段を形成しています。更に詳しく言えば、第1図にみられるように、羽根20Aがホッパー26の排出端に対置して回転し、それ故、シャフト14が例えば毎分八〇〇回転すると、円筒内にホッパーによって供給きれた小麦粉は、羽根20Aによって円筒の入口端部に激しくひろげ散らきれます(判決および被告の翻訳では『分散される』)。同様に、ノズル29を通って供給された水流は、羽振20Aの隣にあってノズルに対置して回転する羽根20Bによってひろげ散らされます(判決および被告の翻訳では『分散される』)。従って、小麦粉と水の微片は遠心分離され(=壁面に押し付けられ)同時に円筒の排出端の方向へ推進される間に、霧状に吹き付けられた状態で互いに接触します。(判決および被告の翻訳では『小麦粉と水の微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合うと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向かう推進作用をうける』である。しかし、引用例に記された前記の加速度条件のもとで引用例の装置に生ずる現象を物理に沿って正しく想定し、その想定に沿った翻訳をし、また、at the same time……and……の構文を文法的に正しく翻訳すれば、原告の翻訳となる。)三番目の羽根20Cは、水をひろげ散らし、生成される懸濁液を遠心分離し(=壁面に押し付けられた状態にし)推進する上で、先行する羽根20Bと協力します。(判決および被告の翻訳では『第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える』である。しかし、引用例に記された前記の加速度条件のもとで引用例の装置に生ずる現象を物理に沿って正しく想定し、その想定に沿った翻訳をすれば、原告の翻訳となる。)(但し、甲第三号証の翻訳文のこの部分には一部誤訳があった。)[3頁三行から二三行]

大きな放射方向への加速度を発生させながら回転する羽根20A・20B・20Cによる両原料への遠心作用と、その際に生ずる両原料の接触に関する記載である。

この発明の特有な実施例では、ノズル28に供給される水は、室温にもまた高温(六〇℃から一〇〇℃、また一三〇℃までにも)にもできます。

[3頁三一行から三六行]

一〇〇℃を越える処理温度が採用されると、液体原料は加圧された状態でノズル28へ供給され、そしてノズルを通って膨張させられることは理解されるべきです。この処理温度では、原料が部分的に円筒の入口端部で気化し、供給をするのに少々微妙な調節を要します。それ故、できれば液体原料の温度が一〇〇℃を越えないように操作することが望ましいのです。八〇℃から一〇〇℃の温度を推奨できます。

[4頁一二四行から5頁五行]

引用例の連続回転ミキサーが、小麦粉澱粉がアルファー化する(煮えた状態になる)温度である六二℃を越える、推奨温度八〇℃から一〇〇℃の湯を供給して操作する、澱粉質の予備調理を狙う、かなり特殊なミキサーであることがわかる。

そして、加温ジャケット36が、円筒10を取り囲むように(典型的には円筒の長さの前半分かそれ以下に)高温処理用に設けられます。

[3頁三六行から三九行]

ジャケット36におよそ六〇℃からおよそ一三〇℃(できれば八〇℃から一〇〇℃)の加温液体を循環させ、そしてその上で、ノズル28に液体原料(例えば水、水とミルクの混合物、水と食用油の混濁液)を上記の範囲の温度で供給することにより、イースト(またはイースト代替え化学物質)の使用なしで、前条に述べたプロセスによってベーカリー製品のための優れたドウが得られます。

[4頁八七行から九八行]

典型的には、滞留時間はこの領域の温度に反比例して、六〇℃から八〇℃でおよそ三〇秒を越えないように、そして一三〇℃では五秒を越えないようにすべきです。(括弧内省略)[4頁一一二行から一一八行]

引用例の装置が、高温の湯を円筒内に供給するのみならず、その円筒をも加熱して、円筒内の入口端部から中半までを六〇℃から一三〇℃にも及ぶ高温に保ってドウを予備調理する装置であることがわかる。

処理されたドウの流れ38は、排出口からコンベアベルト40またはそのドウを利用する機械へ運ぶように配置された他の装置へ連続的に排出されます。(括弧内省略)[3頁三九行から四六行]

ライナーの先端の(ドウの)塊りは邪魔板24で方向を変えられて排出口より排出されます。[3頁五九行から六二行]

ドウは、連続的に排出されることがわかる。

円筒10への原料の供給は、円筒の中のドウの進行―ドウが円筒の中で羽根20によって畝を立てられる管状のライナー42を完全に形成するような進行と相関関係を有します。[3頁四六行から五一行]

少量の原料しか円筒内に供給しなければ、原料は、円筒内で円筒内壁面に沿った薄い幕状になって、羽根の先端部で速度を維持されながら、羽根で畝を立てられることもなく、ほんの数秒間で排出口からばらばらと、ライナーなど形成せずに排出されることになる。

実施例に例示されているような、もっと多量の原料を円筒内に供給すれば、原料は、円筒内で羽根で畝を立てられるような厚みを有する円筒内壁面に沿ったライナーを形成して、連続的に排出口からドウがライナーの先端がそのまま出てくるような形で排出されるようにもなる。後者=引用例のように「ライナーの形成は、原料の供給と相関関係を有する」というのである。

ドウのライナー42は、円筒の中へ供給される原料と、原料から形成されるドウに対する羽根の遠心作用によって形成され維持されます。

シャフト14の上の”原料を進める“羽根の配列によって前記のライナー42は、円筒内壁面に沿って排出端12に流れることになります。

[3頁五一行から五九行]

円筒の中のドウ・ライナー42の厚さは、入口端でおよそ五mm、排出端で八mmまでです。[3頁一〇八行から一一〇行]

引用例の連続回転ミキサーの円筒内で、円筒内に供給された原料が、放射方向への加速度を生じさせる回転羽根の作用によって、どのようになるのかについて記されている。

「羽根の遠心作用によってドウのライナーが形成される」「”原料を進める“羽根の配列によってライナーは円筒内壁面に沿って排出端に流れる」とあり、羽根の遠心作用によって円筒内壁面に裏打ち生地(=ライナー)を付けたようにドウのライナーが生成され、このドウのライナーが、同じく羽根の推進作用で排出端方向へ移動させられる、と記されている。

この、円筒内における羽根の作用と円筒内の原料との関係についての記載は、円筒の入口端部における「遠心作用と推進作用をあたえる羽根20A・20B・20C」と「円筒内に供給される粉体原料と液体原料」との関係を記した前記引用例3頁三行から二三行の記載に対応するものである。

引用例の記載には、円筒の入口端部における羽根の配列や回転速度と、円筒の中間部における羽根の配列や回転速度との間に、何らかの差があるとは記されておらず、また、入口端部の羽根が「供給される原料を補足し損なって、はじめのうちは羽根が原料に作用を十分に与えられない」などとも記されていないのであるから、入口端部で粉体や液体の原料が羽根から受ける作用と、中間部で生成過程のドウが羽根から受ける作用とは全く同一である。従って、「羽根の遠心作用によってドウのライナーが形成される」

「”原料を進める“羽根の配列によってライナーは円筒内壁面に沿って排出端に流れる」とのこの記載は、前記引用例3頁三行から二三行の記載を理解し翻訳する上で大いに助けとなる。

「入口端において(入口端部ではない)ドウ・ライナーの厚さは五mm」との記載も、前記引用例3頁三行から二三行の記載を理解し翻訳する上で大いに助けとなる。

[記-1]入口端と排出端でドウ・ライナーの厚さに差を生ずるのは、引用例の記載によれば「その中に累進的に吸蔵される気泡によって」[4頁一二行から一三行]である。

この点について、明確にするために、シヤフト14の遠心速度について考察をすることが好ましいです。

一般的に言って、ある微片に(被告の翻訳では『粒子に』)遠心分離効果を得るためには、その微片に重力定数Gを越える放射方向への加速度を与えることが必要で、G、およそ〇・八一m/sec2を越えることが必要です。

[3頁六三行から七〇行]

実際、円筒10の中の原料やドウの微片が(判決の翻訳では『微粒子が』)偶発的にシャフトの表面につく傾向を持つので、(少なくとも円筒内の範囲には)比較的大きな直径をシャフトに採用し、シャフト表面上の放射方向への加速度が少なくとも五G、できれば少なくとも一〇Gの量になるような速度で駆動することが望ましいのです。[3頁七一行から八二行]

しかし、まずまずの結果を得るには、羽根の先端に少なくとも一〇Gの放射方向への加速度は必要です。

シャフトの最適速度は、羽根の先端で四〇Gから八〇Gの放射方向への加速度を生み出すことができる速度です。[3頁八二行から八八行]

羽根の先端に生じさせる放射方向の加速度は、四〇Gから八〇Gが最適であると記されている。

八〇Gの値を越えるとドウの品質は低下しはじめます。およそ一〇〇Gで、品質は許容できる限界です。そして、およそ一四〇Gで、円筒の中のドウ・ライナー42は、そこに加えられる羽根により過度の衝撃で、事実上破壊されます。

[3頁九〇行から九四行]

引用例が回転羽根の作用によって原料を円筒内壁面に押し付けようとする大きさは「少なくとも一〇G」「四〇Gから八〇Gが最適」「一四Gでドウは破壊される」と記されている。

一〇Gという状態は、一kgの物体が、一〇倍の一〇kgになって床に押し付けられるような状態であり、四〇Gという状態は、一kgの物体が、四〇倍の四〇kgになって床に押し付けられるような状態であり、八〇Gという状態は、一kgの物体が、八〇倍の八〇kgになって床に押し付けられるような状態である。

地球がわれわれを引き付ける加速度が「少なくとも一〇G」の状態になったとすれば、六〇kgの体重の人は、六〇〇kgに相当にする力で床に押し付けられて、座ることや立つことは言うに及ばす、床に伏したきり、まばたきをすることも呼吸することもできない。

引用例における「最適加速度の四〇Gから八〇G」の状態になれば、六〇kgの体重の人は、二四〇〇kgから三二〇〇kgにも相当する巨大な力で床に押し付けられる。「ドウが破壊される一四〇G」を待たずに、われわれは破壊される。

円筒内に供給されるや、対向する羽根によって「四〇Gから八〇Gの最適加速度」に曝される原料が、「入口端において厚さは五mmのドウ・ライナー」[3頁一〇八行から一〇九行]を形成することは、前記の大きな加速度のもとでは当然である。

引用例に記載された「放射方向への加速度」の大きさを知れば、前記引用例3頁三行から二三行の記載、すなわち引用例の装置の入口端部に生ずる現象を正しく理解し翻訳することも難しいことではない。

こうして、ドウ・ライナーは、円周速度およそ九m/secで羽根の先端によって畝を立てられます。

羽根20の畝立て作用は、第2図に概要が示されます。第2図からは、また、羽根20によって円筒の軸方向へ押退けられたドウの塊り42Aが、それに続く羽根20によって引起こされ、それが続いてゆく様子を観ることができます。

この発明の処理状態において、それぞれの羽根20は、第3図に示される”そぎとり部分”42Bをドウ42から引き離すように作用すると考えられます。そこにおいては二つの特徴ある区域が識別されます。

羽根の先端に隣接した区域T。そこでは、そぎとり部分と残留層との間のドウ部分は、引伸ばされ(そして多分、示されるように引裂かれ)ます。

そして、それに続く区域C。そこでは、そぎとり部分42Bを形づくっている物体は、物体自身の重さの四〇倍から八〇倍に等しい力で、例えば九m/secという高速で放りだされます。

羽根が区域Cに到着すると、つい一/五〇秒ばかり前にそこで圧縮されたドウは、こんどはTにおけるように引伸ばされます。そうしている間に、新しい圧縮区域がCを通り越して作られます。そして、羽根の先端で掃かれる全外周を通じて、さきに例示した八五〇r.p.m.の頻度でこのような作用が続きます。

[3頁一一〇行から四頁一〇行]

円筒内の「全外周を通じて」「羽根の先端で」円筒内に供給された原料やドウが攪拌混合される様子が詳しく記される。

「物体自身の重さの四〇倍から八〇倍に等しい力で」「物体が放り出される」方向は、第3図にドウ全体の流れと合成された進行方向が矢印で示されていることからもわかるように、放射方向、すなわち、羽根の先端に最も近い円筒内壁面の方向である。

このようにして、円筒内壁面で内壁面に張り付いた裏地のような原料のライナーは、攪拌混合されている。

ホ) 両発明の作用効果

(ホ-1) 本願発明の作用効果

(Ⅰ) 時間が著しく短縮される。[3欄三九行]

本願発明の方法は、空気泡の抵抗を受けないように、「小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより、当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ」てしまうので[3欄三一行から三四行]、短時間で全粒子への水分添付を完了する。

(Ⅱ) 蛋白質の粘り成分への転化が完全に行われる。

空気を抜き去る方法を採らないので製品の風味を損ねない。[3欄四〇行から四二行]

「(グルテンのSS結合組織の)結合と破壊とが同時に進行する従来の方法」[2欄三〇行から三二行]では、「破壊(量)が結合(量)を越えるオーバーミキシング」

[2欄二八行から二九行]の前にミキシングを打ち切らなければならなかった。「従来の方法は(破壊と未活用の両面で)グルテンの活用の観点からみて大きな問題」[2欄三〇行から三三行]があった。

本願発明の加水方法は、「(接触の)当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせて、純粋に加水を完了する」[3欄三三行から三四行]方法なので「蛋白質の粘り成分の転化が完全に行われる」のである。

欧米式の麺作りの方法である、水分の拡散・浸透の邪魔をする空気泡を小麦粉中から抜取り、あるいは追い出してしまう方法では、麺製品中に空気泡が含まれず、麺体が緻密になるので、ゆで時間が長引くばかりでなく、味蕾への刺激が単調になり、風味を損ねるのである。

(Ⅲ) ねり工程は純粋にねり工程としてスタートさせるため、SS結合=網目構造の破壊がほとんどなくなるため、はるかに緻密・多量・良質のグルテンの網目構造が得られる。

[3欄四三行から4欄二行]

「ねり工程は純粋にねり工程としてスタートさせ(得)るため、SS結合=網目構造の破壊がほとんどなくなり、(小麦粉練り製品=ドウの製造に本願発明の加水熟成方法を採用すれば)(従来技術によって加水をおこなう場合に比べて)はるかに緻密・多量・良質のグルテンの網目構造が得られる。」との意である。

従来の小麦粉練り製品=ドウの製造では、SS結合=網目構造の主な破壊は、これまでに明細書の記載により示したように、加水と同時にSS結合化=網目構造化が生じるミキシング過程で生じた。

本願発明の方法によって加水をおこなう場合でも、SS結合=網目構造を必要とする場合には、そのような小麦粉練り製品=ドウの製造のために、加水の後、ミキサーを使ってSS結合化=網目構造化をおこなう。この場合のミキシングは短時間ではあるが、ミキサーの機能の仕方から多少はSS結合=綱目構造の破壊が生ずる。「破壊がほとんどなくなり」と記し、「破壊が完全になくなる」と記きない由縁である。

(Ⅳ) ねり工程を必要とする場合、しない場合に応じ、用途に適した工程を選択し得るため、より良質な製品を得ることができる。[4欄三行から五行]

本願発明が「(加水による蛋白質のグルテン化とSS結合化の)両工程を分離し、ねり作用等を行う回転翼等は用いずに、小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより、当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了」する[3欄三〇行から三四行]「加水熟成方法(=加水と水分均等化)」であるため、グルテンのSS結合組織を不用とする製品にまでグルテンのSS結合組織を作り、品質を劣化させてきた従来の加水方法から製法を解放することが可能となり、「より良質な製品を得ることができる」のである。

(Ⅴ) 加水熟成工程の連続化が容易になる。[4欄六行]

(Ⅵ) 文字通りの均等加水であるため、工業的に加工可能な状態で高率加水麺体を得ることができる。[4欄七行から九行]

「従来のミキサーによるミキシングは、ミキシングに際して小麦粉への水分の供給が、容器等でまとめて投入する方式であるにせよ、散水装置等による分割投入方式であるにせよ、大小の違いこそあれ、まず、部分的な過剰添付部分と未添付部分とを用意し、ここから、水分の拡散と均一化をめざすミキシングを始める性質のものであるため、この過剰添付部分の過剰な遊離水分の一部は最後まで遊離した状態で多数箇所に残留し、この結果、蛋白質のグルテンへの効率よい転化の観点から望ましい加水量や、加水麺体の効率のよいα化の観点から望ましい加水量に達する前に、容器や加工機器に付着し易い、やわらかい麺体となってしまい、高率加水をおこなうことができなかった。」[2欄三「五行から3欄一二行]

そこで、「従来の方法が、水分の過剰添付部分と未添付部分との混合体を攪拌する方式である結果、最後まで部分的に過剰な遊離水が残留して麺体を柔らかくしてしまうために、必要にして十分な高率加水を行い得ない点を考慮し、両工程を分離し、ねり作用等を行う回転翼等は用いずに、小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより、当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了」する[3欄二六行から三四行]「加水熟成方法(=加水と水分均等化)」をおこなうのである。

「当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ」ることにより遊離水が生ずることもなく、「高率加水麺体を得ることができる」のである。

このように、本願発明の作用効果は、何れも「小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより、当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせ、純粋に加水を完了する」[3欄三一行から三四行]=「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付することを特徴とする小麦粉練り製品製造における加水熟成」「特許請求の範囲の記載」の加水方法によって実現するものである。

(ホ-2) 引用例の発明の作用効果

ベーカリー製品とバスタのための優れたドウを、連続的な方法で、ドウ膨張剤や澱粉分解剤としてイーストが使用されるか否かにかかわらず、ほんの二〇秒以下の(ミキサーの中への)滞留時間―すなわち処理時間で作ることができる発明がなされました。[1頁八七行から2頁四行]

この方法で処理された塊りは、すぐに柔らかく流動的になります。(その中に累進的に吸蔵される気泡によっても)

それ故に、ドウのライナーは容易に排出口へ移動します。

[4頁一〇行から一五行]

「上記のほか、この発明のたいへん驚くべき結果はかくの如くです。」

a) 粉のボリベブチド成分(=グルテン)が十分に咀嚼され、弾性のある性質が非常に短い時間で、一般的には一分を越えずに、典型的には五~一五秒間で生じます。

b) 供給材料中にイーストが存在し、ドウが一般的な温度(典型的には室温)で処理されるとき、引き続くカルメラ化に必要な多糖類が、粉のアミデシアス成分(=澱粉)から、事実上a)項に示した時間と同じ(短い)時間の内に得られました。

c) イーストを含まずに少なくとも六〇℃以上の水、できるなら八〇℃~一〇〇℃の湯を供給し、およそ二〇秒以内で、b)と同様な結果を得ることができました。

[4頁二一行から四二行]

驚いたことには、この発明による高温処理によって得られたドウは、アミロースや同種の多糖類を、イーストを含んだドウで得られる量よりも三〇%以上も多量に含んでいます。[5頁六行から一一行]

そのうえ、高温処理によって得られたドウは、従来のやり方で処理されたイーストを含むドウが必要とする焼き上げ時間よりも二〇%から五〇%も少ない時間で上手に焼き上がります。

[5頁一一行から一六行]

さらに調べてみると、この発明による高温処理は、アミダシアス成分(=澱粉).を急速・広範に加水分解させるばかりか、同時に実質的な予備調理を受けて大量のデキストリンがオーブンの中で生ずるため、本焼き時間が大幅に短縮されることが示されました。[5頁一六行から二五行]

引用例は、先に掲げた課題に対応して、「製パン・製麺に適した性質を有する、グルデンの組織が生成され、多糖類も生成されたドウを、イーストを使った室温で二〇秒以内の五~一五秒で、イーストなしの八〇~一〇〇℃でも二〇秒以内の五~一五秒で得る」との作用効果を掲げ、「高温処理ではイースト処理よりも多糖類が三〇%も多かった」「高温処理のドウは、多糖類の生成が多いことと予備調理されるため、焼き時間が二〇~五〇%少ない」との、高温処理による作用効果も掲げる。

何れも、こねられてグルテンのSS結合組織が発達し、また、必要な成分が内部に生成された、ドウの製造時間短縮と、高温処理によるドウの性質の改良に関する作用効果である。

ヘ) 両発明の「特許請求の範囲」

(ヘ-1)本願発明の「特許請求の範囲」

当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付することを特徴とする小麦粉練り製品製造における加水熟成方法

「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付することを特徴とする」=「(『発明の詳細な説明』の記載で表現すれば)小麦粉粒子に直接微粒子状の水を添付させることにより当初から水分を均等に小麦粉の各粒子にゆきわたらせる」ことを特徴とする「小麦粉のこねられたドウ作り」における「加水方法」である。

(ヘ-2)引用例の発明の「特許請求の範囲」

特許請求の範囲

1.主に穀物紛と水からなる粉体と液体の原料から、ベーカリー製品やパスタのためのドウを連続的に作る方法。

その用法は、長い管状の円筒、円筒の中で円筒と同軸で回転可能なシャフト、円筒の入口端部へ原料を供給するために当てる供給口、円筒の出口端部にある排出口、そして、前記のシャフトによって回転される多数の羽根―その羽根は円筒の入口端部へ供給された原料が、円筒の中で前記の羽根によって集められ、混合され、そしてその結果できる混合物が前記の入口端部から排出口の方へ運ばれるように並べられた多数の羽根、によって構成される連続回転ミキサーによってもたらされる方法において、前記の入口端部に粉体の原料を液体の原料と分離して供給する間に、羽根の放射方向の少なくとも一〇Gの加速度を生み出すようなやり方で前記のシャフトを連続して回転させ、両原料がそれぞれの羽根によって円筒内壁面の方向に前記の部位のアトモスフエアーに(判決の翻訳では『空気中に』、被告の翻訳では『大気中に』、引用例の記載に忠実に引用例の装置に生ずる現象をとらえ、その記載に忠実に翻訳をした原告の翻訳では『円筒内壁面に沿った薄い空気の層に』)広げ散らされて遠心分離される状態のもとに前記の部位で両者を接触させ;

生地が円筒の全断面積を満たすように形成されるには足りず、前記の生地が前記の内面に、羽根の固定されていない端の部分で畝を立てられる管状のドウ・ライナーを形成するに十分なだけの量に供給率を保ち;そして、ドウの塊りを前記の排出口から前記のライナーの動端の形をとりながら連続的に排出する方法、によって特徴づけられる上記の方法。

2.要求1で要求した方法で、羽根の先端での四〇Gから八〇Gの放射方向への加速度に相応する値に遠心分離速度が保たれる方法。

3.要求1または2で要求した方法で、円筒内のライナーの厚さが円筒の内径の二〇%を越えない値に保たれる方法。

4.要求1または2で要求した方法で、円筒内のライナーの厚さが円筒の内径の一〇%を越えない値に保たれる方法。

5.要求3または4で要求した方法で、羽根が前記のライナーをライナーの厚さの一/三から二/三の深さで畝を立てるようにする方法。

6.前記のどの要求でも要求した方法で、円筒に供給される原料がイーストを含まず;

水が六〇℃がら一三〇℃、できれば八〇℃から一〇〇℃に高められた温度で円筒に供給され;そして、排出きれた生地がベーカリー製品をつくるために分割され焼かれる方法。

7.主に穀物紛と水とからなる粉体と液体の原料からベーカリー製品とパスタのためのドウを作る次の組合せにより構成される装置;

(A) 長い管状の円筒、円筒と同軸で円筒の中で回転できるシャフト、生地を形づくる原料を円筒の入口端部へ供給するのに当てる供給口部、円筒の出口端部の排出口、そして、多数の羽根―その羽根は、前記のシャフトによって回転され、円筒の入口端部に供給される原科が前記の羽根により円筒の中で集められそして混合され、その結果できた混合物が前記の入口端部から前記の排出口の方へ運ばれるように並べられた多数の羽根―によって構成される連続ミキサー;

(B) 前記のシャフトと連結され羽根の先端に少なくとも一〇Gの放射方向の加速度をもたらすことができる速度でシャフトを回転させることができる速度でシャフトを回転させることができる動力;

(C) 粉体と液体のための分離した入口からなり、円筒の入口端部のアトモスフエアーに(判決の翻訳と被告の翻訳では『大気中に』、物理に忠実に引用例の装置に生ずる現象を想定し、その現象に忠実に翻訳をした原告の翻訳では『円筒内壁面に沿った薄い空気の層に』)両原料を広げ散らす(判決と被告の翻訳では『まき散らす』)手段と組み合わされた粉体・液体両原科のための別々の搬送路(被告は輪送手段と表現);

(D) 前記の搬送路と結合し、前記の粉体と液体の原料を、それぞれの入口部に、円筒の中で形成されるドウが円筒の中で羽根によって畝を立てられる管状ライナーに形成されるような供給割合で供給することができる計量手段。

8.要求7で要求した装置で、前記の分離した入口部が円筒の長さの方向に前後にずらして配列きれ、ひろげ散らし手段(判決と被告は『まき散らし手段』と表現)は前記の入口部に対置して回転するシャフト上の一群の羽根を構成し、入口部を通って供給される原料が前記の一群の羽根でひろげられ(判決と被告は『まき散らされ』と表現)、遠心分離される装置。

9.要求7または8で要求した装置で少なくとも一mmのギャップを残すように羽根の先端が円筒の内面から間隔をあけられた装置。

[6頁三五行から7頁一五行]

本願発明の特許請求の範囲の記載が、「小麦粉への加水に際しての水分の添付の仕方(方法)」であるのに対して、引用例の特許請求の範囲の記載は、「加熱式連続回転ミキサーを使用しての、さまざまなドウの製造の方法であり、そのような製造をする装置について」である。

Ⅲ.原判決は、特許法第二九条一項一号の解釈適用を誤っている

言うまでもなく、発明はその目的・構成および作用効果のそれぞれの観点から考察を加えて、その全体像を把握すべきものである。そうでなければ、発明の内容を正確に把握することは不可能である。もとより、特許法と特許法施行規則の定めるところに沿って両発明の明細書を読み、両発明を正しく理解したうえで両発明の異同を判断しなくてはならない。

原判決は、形式的には本件発明および引用例発明の明細書の記載を引用して判決してはいるが、特許法の定めるところや前述の基本原則、前後の明細書の記載との係わりを無視して、それぞれの明細書の記載を部分的・つまみ食い的に引用しているにすぎず、誤りである。

イ) 「本願特許請求の範囲の記載は具体的には実施例記載の方法を指す」との判決の認定について

本願発明の要旨は、本願明細書の特許請求の範囲の記載のとおりであると認められるところ、右特許請求の範囲の記載の、「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法とは、前掲甲第一号証によれば、貝体的には、「1)小麦粉を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で浮遊させ、これに水を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で微粒子化して浮遊させて互いに接触、結合させる方法。2)薄い幕状に広げた小麦粉に水を噴霧させる方法。3)小麦粉と水の微粒子をそれぞれ逆に帯電させ吸着させる方法。4)これら1~3の方法を適宜組合わせて行う方法。」を指すものであることが認められる。

[55丁表五行から同裏六行]

本願発明と引用発明の異同を判断するための前提としての、本願発明についての重要な認定である。しかし、この認定は誤っている。

(イ-1) 特許明細書を作成する場合には、特許法の定めるところに従って作成する。従って、特許明細書を読む場合には、特許法の定めるところに従って作成されたものとして読まれなければならないことは当然である。原判決の認定には、この大原則によることなしに本願明細書を読み認定したと思われる認定が多数ある。

そこで、念のために、まず、特許法の定めるところを確認する。

特許法は第三六条の四には、「発明の詳細な説明」について「その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない」とあり、「特許請求の範囲」について「特許請求の範囲の記載は」「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項に区分してあること」「発明の詳細な説明に記載したものであること」と定めている。

また、「発明の詳細な説明は、特許請求の範囲の記載用語の意味を明らかにするとともに、従来技術との関連において、目的・構成・効果を明記することによって、発明の特徴を明らかにする等、特許請求の範囲の解説的役目を果たすべきところである。従って、『特許請求の範囲』の記載と『発明の詳細な説明』の記載とは矛盾してはならない。」「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければ幅ならない。」「特許請求の範囲において記載すべきものは、……発明の構成のみで、しかもその構成のうち、もっばらその発明の特徴を構成する技術事項のみでなければならない。」

[以上は『特許法概説(第七版)有斐閣刊』一八七頁(a)構成要件的機能の項]

「実施例とは、実施態様のうち、発明の構成が実際上どのように具体化されるかを示す、より具体的な手段を言うと解される」[同一八二頁(ⅲ)発明の構成の項]

以上の理解を前提として、原判決の本願発明に関する認定を考える。

(イ-2)前掲「特許請求の範囲の記載の方法は具体的には実施例の方法を指す」との主旨の認定は、それだけでは、その認定が意味するところがあいまいで、定かでない。

もし、この認定が「特許請求の範囲の記載の方法は具体的には実施例の(手段によって実施される)方法を指す」との意味であるとすれば、特許法の定めるところは「発明の構成を具体化する手段が実施例」なのであるから、「構成の方法=実施例によって実施される構成の方法」と言うとになり、その限りでは正しい。

しかし、原判決のこの認定は「特許請求の範囲の記載の方法は具体的には実施例の(手段によって実施される)方法を指す」としたうえで、実施例が具体化する構成の方法について恣意的な解釈をし、その恣意的な解釈をもって特許請求の範囲に記載された本願発明の構成(の方法)を規定し、認定する。

このような規定・認定は誤りである。

特許請求の範囲の記載こそ、発明の構成の特徴を表す発明の核心であり、逆に、実施例がその手段によって具体化する構成の内容を、特許請求の範囲の記載に求めなければならない。

仮に、特許請求の範囲の記載を理解し難かったとしたら、実施例の記載のみならず、発明の詳細な説明の記載全体を読んで、発明の構成を目的・構成・作用効果全体との係わりの中で理解し、特許請求の範囲の記載とも、目的・構成・作用効果を含む発明の詳細な説明全体の記載とも、また発明の詳細な説明の一部である実施例の記載とも矛盾することがないように理解しなければならない。

原判決の認定はこのような特許法の定めるところに背反し、恣意的な実施例の判断に基づいて特許請求の範囲の記載の内容を定め・認定する誤りを犯した。

後に明らかにするように、原判決の認定する本願発明の構成をもってしては本願発明の課題を解決することができず、作用効果らしい作用効果を挙げることもできない。この認定は重大な誤りである。

ロ) 「(引用例の)遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象は、本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるといえるから、本願明細書の特許請求の範囲に記載された『当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する方法』に相当するものといわなければならない」との認定について原判決は次のように認定している。

右記載によれば、引用発明は、本願発明と同様に、小麦粉練り製品の製造における生地を二〇秒以下という短時間の処理の下に製造できる連続的製法に関するものであり、ホッパー及びノズルの排出口からそれぞれ供給された小麦粉及び水は、その排出口に対応する円筒の入口端部において分散され、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に、小麦粉と水の微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触し合うものであることが開示されていることが認められる。この、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象は、本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるといえるから、本願明細書の特許請求の範囲に記載された「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法に相当するものといわなければならない。

[59丁表四行から同裏七行]

「遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象は、本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるから、本願明細書の特許請求の範囲に記載された『当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する』方法に相当するものといわなければならない。」との認定は、本願明細書や引用明細書の記載、および特許法の定める原則に反する誤った認定である。

(ロ-1) この判決の認定には、結論に至る前の記載部分に、本願明細書や引用明細書の記載に反した誤った記載がある。

〈1〉判決は「引用発明は、本願発明と同様に、小麦粉練り製品の製造における生地を二〇秒以下という短時間の処理の下に製造できる連続的製法に関するものであり」と言う。だが、本願発明は「小麦粉練り製品の製造における生地……の製法に関するもの」ではない。

〈2〉 判決は「(引用例に)小麦粉と水の微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触し合うものであることが開示されている」と認定する。だが、これは、後に示すように、引用例の記載に反する誤った認定である。

しかし、この判決の誤りは後の章で詳しく理由を挙げて論ずることとして、ここでは、まず、判決どおりの(誤った)解釈と認定を前提として、「(引用例の)遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象」が「本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるといえるか」否か、また「本願明細書の特許請求の範囲に記載された『当初から水分を徴粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する』方法に相当するもの」と言えるか否かについて検討する。

(ロ-2) 引用例の発明において生ずる現象が本願発明の実施例で行われている方法と差異のないものであるか否か、引用例の発明において生ずる現象が本願発明の特許請求の範囲の記載に相当するものであるか否か、を認定するに際し、判決は何を比較の尺度として「差異がない」「相当する」と判断・認定したのかを明らかにしていない。

特許法の定めるところに従って課題・構成・作用効果を明示した技術と技術とを比較するに際し、比較の基準を示すことなしに漠然と結論することは誤りである。

特許法に基づいて出願された本願発明が、同じく特許法に基づいて出願・登録された引用例に開示されているか否かについて比較し論ずるのであるから、特許法の定めるところに沿って、「本願発明の構成の特徴」を明らかにし、これを尺度・基準として、引用例に開示されているか否かを論ずべきが理の当然である。

(ロ-3) 従って、まず本願発明の構成の特徴を本願明細書の記載に求めれば、前掲「Ⅱ節(ニ-1)本願発明の構成」の23頁六行から27頁一六行の記載に明らかにしたように、本願発明による加水方法の構成の特徴は、「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなうこと」にある。

(ロ-4) そこで、「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」との主旨の記載、あるいはそのような現象が生ずると理解できる記載が引用例にあるか否かを観る。

〈1〉 判決と被告の解釈によれば「小麦粉と水の微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触し合うものである」との記載があることになるが、その接触が「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」接触であるとする内容の記載は、前掲「Ⅱ節(ニ-2)引用例の発明の構成」の引用記載を観ても、引用例明細書自体を子細に調べても存在しない。

〈2〉 次に、引用例の装置でそのような現象が生ずるとする記載があるか否かをみる。引用例の次の記載、

図示された装置において、粉体と液体の原料の搬送路は、ホッパー26とノズル28で表されています。これらは、円筒の長手方向に、はじめの三つの羽根20A・20B・20Cを含むシャフトの長さの範囲に、前後にずらして配列されています。

[2頁一二七行から3頁一一六行]

に明らかなように、粉体原料の供給口と液体原料の供給口とは、それぞれの原料に遠心作用を与える羽根の並びに沿って前後にずらした位置に設けられており、

シャフト14の上の”原料を進める“羽根の配列によって前記のライナー42は、円筒内壁面に沿って排出端12に流れることになります。

[3頁五五行から五九行]

の記載に明らかなように、各羽根の”原料を進める“羽根の配列の間に、差を設けているとは記されていないのであるから、粉体原料の供給口と液体原料の供給口の直下で、それぞれに対応する羽根で作用を受ける両原料は、作用を受けてどのような様態を示すにせよ、それぞれの供給口から平行な方向への作用を受けて、平行な方向へ進むことには変りはない。

従って、接触はその境界部で生ずるだけのことになるから、これらの記載は、両原料が供給口直下の羽根の作用で全面的に接触し、均等に混ざり合うことを否定していると言う他ない。

しかし、まずまずの結果を得るには、羽根の先端に少なくとも一〇Gの放射方向への加速度は必要です。

シャフトの最適速度は、羽根の先端で四〇Gから八〇Gの放射方向への加速度を生み出すことができる速度です。[3頁八二行から八八行]

との記載は、円筒内に供給された両原料が、一kgの物体の重さを、一〇kgにも、また四〇kgにも八〇kgにもするような力の大きさで両原料を円筒内壁面方向へ押し付けるようにすると言うのである。

従って、

円筒の中のドウ・ライナー42の厚さは、入口端でおよそ五mm、排出端で八mmまでです。[3頁一〇八行から一一〇行]

と、 「ドウ・ライナー42の厚さは、入口端(『入口端部』ではないことに注意)でおよそ五mm」との記載にも明らかなように、二つの原料供給口口からそれぞれ平行に進む二つの原料は、大きな加速度の作用を受けて、すぐに入口端の円筒内壁面にへばりつく状態になると言っているのである。

この大きな加速度を生じさせるという記載は、判決の「原料がごく微細な微粒子状になる」という主張を否定しているのであるが、判決の言うように原料が一旦微粒子状になると仮定してみても、二つの供給口から平行に進む原料が、更に先へ進んで均等に混ざり合うようになるまでの間、微粒子状態を続ける現象が生じ得ることを否定する記載である、と言わざるを得ない。

すなわち、引用例の記載は、引用例の装置において「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」現象が生ずることを否定していると言える。

〈3〉 これまで、原審原告はもちろん、被告も、「引用例において生ずる(と被告が主張する)接触が『小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう』接触である」と引用例に記載されているとの主旨の主張をしたことはない。また、そのような現象が生ずると理解できる記載があるとの主旨の主張をしたこともない。

このことは、引用例の接触を判決の認定するように解釈・認定したとしても、引用例の発明の方法あるいは装置において、本願発明の構成の特徴である「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」接触が生ずるとは引用例に記載されていないことを裏付けている。

(ロ-5) 次に、本願明細書の本願発明の実施例1)に関する記載が、特許法の定める通り、 特許請求の範囲の記載に矛盾することがない、本願発明の構成を具体化する手段として記載されているか否か、そして、本願発明の構成の特徴である「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」手段として記載されているか否かを観る。

1) 小麦粉を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で浮遊させ、これに水を噴霧し、あるいはその他の物理的な方法で微粒子化して浮遊させ互いに接触、結合させる方法。[4欄三九行から四二行]

と記載され、前掲「Ⅱ節(ニ-1)本願発明の構成」の[実施例]の項に引用した二つの図面が付されている。

「実施例とは、発明の構成が実際上どのように具体化されるかを示す、より具体的な手段」であり「『特許請求の範囲』の記載と『発明の詳細な説明』の記載とは矛盾してはならない。」のであるから、実施例1)に記された「小麦粉の噴霧のさせ方」「水の噴霧のさせ方」「浮遊のさせ方」「微粒子化のさせかた」「接触・結合のさせ方」は、何れも「特許請求の範囲の記載」を具体化することができるような条件の「小麦粉の噴霧のさせ方」「水の噴霧のさせ方」「浮遊のさせ方」「微粒子化のさせかた」「接触・結合のさせ方」である。

この実施例1)の前記記載、あるいは図を含む実施例1)の前記記載は合理的な記載であり、これらの記載のみをもってしても、当業者は、微粒子化の技術や浮遊の技術や接触・結合の技術によって「発明の詳細な説明」に説明され「特許請求の範囲」に記された本願発明の構成を具体化し得ることを理解し得る。

更に本願明細書には、この実施例1)に係わる図面に関して次のような記載がある。

粉体を加水空間2へ必要な形状と速度をもって噴霧させるように工夫されたノズル3により粉体は加水空間2に広げられる。

[5欄三五行から三七行]

「必要な形状と速度をもって噴霧させるように工夫された」とは、実施例が、特許法の定めるところに従って、特許請求の範囲の記載に矛盾することなく記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載された接触が生ずるように、「(接触の)当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接深付する」[特許請求の範囲の記載]ような接触=「(接触の)当初から水分が均等に小麦粉の各粒子にゆきわたる」[3欄三三行から三四行]ような接触を生じさせるのに必要な形状と速度をもって噴霧させるように工夫された、の意味であることは言うまでもない。

水溶液を加水空間2へ必要な形状と速度をもって噴霧させるよう工夫されたノズル4により水溶液は加水空間2に広げられる。[3欄三九行から四二行]

「必要な形状と速度をもって噴霧させるよう工夫された」とは、実施例が、特許法の定めるところに従って、特許請求の範囲の記載に矛盾することなく記載されているのであるから、特許請求の範囲に記載された接触が生ずるように、「(接触の)当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」[特許請求の範囲の記載]ような接触=「(接触の)当初から水分が均等に小麦粉の各粒子にゆきわたる」[3欄三三行から三四行]ような接触を生じきせるのに必要な形状と速度をもって噴霧させるよう工夫きれた、の意味であることは言うまでもない。

加水空間2において粉体と水溶液はそれぞれの粒子単位で結合し、湿粒状で下部のベルトコンベアー16の上に落下する。[6欄三行から五行]

(特許請求の範囲の記載に沿った)「粒子単位での結合」を実施例一)の装置では生じさせる、と記載きれている。

粒子単位で結合した非常に微細な粒子は、落下の過程で更に粒子と粒子とが接触して、湿粒状で落下することになる。

この実施例(第2図)においては、容器を往復運動させることによって小麦粉微粒子に速度を与えつつ微粒子状の状態で遊離させ、水分微粒子を落下させて小麦粉微粒子と水分微粒子との結合が生ずる条件を作るものである。

[4欄八行から三三行]

実施例1)の前記記載、あるいは図を含む実施例1)の前記記載に加えて、このような、噴霧条件を整え、粒子単位の結合をさせる等の説明が加わればなおのこと、本願明細書の実施例1)の記載をもって、特許法に定める「発明の詳細な説明」の欄の実施例としての条件を備えていないなどと言うことはできない。

本願発明の実施例1)の記載が特許法に照らして合法な記載であるならば、本願発明の実施例1)の記載は、本願発明の構成を実施するための手段を記しているのであるから、本願発明の実施例1)は本願発明の構成の特徴である「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」接触を生じさせる方法を実施する実施例を示していると言うことができる。

(ロ-6) 従って、「この、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象は、本願発明における前記具体的方法である1)の方法と差異のないものであるといえるから、本願明細書の特許請求の範囲に記載された『当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する』方法に相当するものといわなければならない。」との認定は、本願発明の構成の特徴である「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」接触が生じることがない「(引用例の)遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象」を、「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」「本願発明における前記具体的方法である1)」の方法と差異のないものであると誤って認定し、更に、「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」接触が生じることがない「(引用例の)遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に生じる現象」をもって、本願発明の特許請求の範囲の記載「当初から水分を微粒子状にして均等に小麦粉の各粒子に直接添付する」方法に相当するものであると認定したのである。

判決が、本願発明を特許法にしたがって記されたものとして特許法の定めに即して読まず、かつ、引用例の発明を引用例の記載に即して読まなかったために犯した、何れも特許法に違反する認定である。

本願発明の構成=特許請求の範囲の記載が、もし判決のこの認定のように、「小麦粉と水分との接触の当初から、小麦粉粒子単位での均等さをもって、小麦粉粒子への直接的な水分添付をおこなう」わけではない、(判決や被告が)引用例に生ずると認定・主張する漠然とした接触(=部分的な接触や粗い粒子の接触)であるとすれば、このこと自体、特許請求の範囲の記載を否定する矛盾であるが、本願発明の作用効果は、「加水むらを生じさせず、後刻の水分移動を不用とする接触の当初から小麦粉粒子と水分との均等な結合によって可能になる」ものであるから、一切成り立たなくなる。

本願発明の構成が引用例に開示されているか否かを論じる前に、本願発明自体が消滅する。判決は、本願発明を消滅さておいて、本願発明の構成が引用例に開示されていると認定する矛盾を犯している。

このような馬鹿気た結果となるのも、判決が特許法に則して本願明細書を解釈していないという誤った解釈をした結果に他ならない。

ハ) 「本願発明における加水熟成方法がグルテンのSS結合化を排除するものでない」との認定について

なお、原告は、引用発明が本願発明と同様小麦粉練り製品製造における加水熟成方法に関するものであるとした本件審決は誤りである旨主張する。

しかし、本願発明は、加水浸透によるグルテン化の工程に特徴を有するものであるとはいえ、前記1(一)において認定した事実によれば、「……純粋に加水を完了し、その後において必要とする場合には必要に応じて練り工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのSS結合化=網目構造化を行う加水熟成方法である。」というのであるから、本願発明における加水熟成方法がグルテンのSS結合化を排除するものでないことは明らかであり、これは、引用発明におけるドウの製造方法に他ならないものであるから、本件審決の前記認定に誤りはなく、原告の右主張は採用できない。[59丁裏八行から60頁一〇行]

判決は、ここでも明細書をまともに読んでいない。

「……純粋に完了し、その後において必要とする場合には必要に応じねり工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのSS結合化=網目構造化をおこなう加水熟成方法である。」との記載を、原判決のように「本願発明の加水熟成工程には、必要に応じねり工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのSS結合化=網目構造化をおこなう工程も含まれている」との意味に読み取ろうとすると、文意と用語との間に矛盾が生ずる。

「加水熟成工程」とは、前記「本願発明の名称」の項にも詳しく記したように(東京高等裁判所にも準備書面を通じて明らかにしてあるように)、「加水をする工程」のことで、「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」のことではない。

前掲「本願発明の目的・課題」の項に記したように、従来技術では、この「加水熟成工程」と「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」とが同時に進行して大きな弊害をもたらした。

それ故に本願発明では、両者を同時におこなうことを意味してきた「生地作り工程」や「ドゥ作り工程」の名称を採用せずに、純粋な加水の工程を意味する「加水熟成工程」の名称を採用したのである。

「純枠な加水の工程を意味する『加水熟成工程』が『SS結合化=網目構造化をおこなう工程』を含む」との読み方では、用語と文意が矛盾する。

記載の文章の組立方に、その部分だけ読めばどちらの意にも解される組立方があるからと言って、用語の意味するところを無視し、他の記載の意味するところを無視して、筋の通らなくなるような読み取り方をすることは許されない。

「加水熟成工程」が「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」を含むものでないことは、本願発明の名称「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」にも明示されている。

本願発明の主旨に鑑み、本願発明は、「小麦粉練り製品製造における加水熟成方法」という、両者の区別を明確にした名称を付しいてる。「小麦粉練り製品」は、いわゆる「ドウ」や「生地」を意味し、「加水熟成工程」のみならず「SS結合化=網目構造化をおこなう工程」までを経た生成物である。

本願発明の名称の意味するところは「前記生成物製造における加水熟成工程」=わかりやすく言えば「小麦粉を練った製品をつくるときの加水の方法」である。

この名称をもって本願発明が「SS結合化工程」を含むとか「練り工程を含む」と読み取ることはできない。

発明の名称が特許法に定められた明細書の重要な記載である以上、この発明の名称の意味するところと矛盾するように明細書の他の記載を読むことは許されない。

この記載は、当然のことながら「(加水熟成=加水を完了した)その後において必要とする場合には必要に応じ(別途)ねり工程あるいは加圧工程を加えてグルテンのSS結合化=網目構造化をおこなう(ことを可能にする)加水熟成方法である。」との意味に読むべき記載である。

原判決の認定は、特許法に反する認定である。

判決は以上、イ)ロ)ハ)の認定により「(三)以上の事実によれば、引用発明は本願発明と構成を同一にするといえるから、本願発明は引用発明とは同一のものであり、同旨の本件審決の認定判断に誤りはない。」と、今回の判決を導く重要な認定をするのであるから、これらの判決の誤りは重大である。

Ⅳ.原判決は、そのすべての判断・認定において本件発明および引用発明の明細書の記載に反する判断と認定をした。また特許庁の審決の記載を正しく読まをい誤りも犯している。

1) 次の原判決の認定に反論する。

「この方法は、前記の入口端部に粉状の原料と液状の原料とを別々に供給しながら、羽根の先端の放射方向に少なくとも一〇Gの加速度を生ずる方法で前記のシャフトを連続的に回転させ、両原料が、前記部分の空気中に分散され、かつ羽根によって円筒の内面に向って遠心作用を受ける状態で、前記端部で両原料を互いに接触すること・・・・中略・・・・により特徴づけられる。」(甲第三号証2頁二三行ないし四三行。乙第八号証訳文4頁一四行ないし5頁五行参照)「図示の装置において、粉状及び液状原料用の輸送管は、ホッパー26及び28によって表されており、これらりのものは、軸一四上の最初の三連の羽根20A、20B、20Cの存在する範囲内で円筒の長手方向に前後にずらして配列されている。これらの三連の羽根原料のまき散らし手段を形成している。更に詳細にいえば、第1図に見られるように羽根20Aがホッパー26の排出端に対向した位置で回転するので例えば軸14が毎分八〇〇回転の速度で回転すると、ホッパーによって円筒内に供給された小麦粉は羽根20Aによって円筒の入口部分内に激しく分散される。同様にして、ノズル28を通して供給された水流は、羽根20Aに隣接し該ノズルに対向する位置で回転する羽根20Bによって分散され、小麦粉と水との微粒子(particles)は極微細に分散した状態(atomized condition)で互いに接触し合うと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向う推進作用を受ける。第三の羽根20Cは先行する羽根20Bと協同して水分を分散させ、またその結果として発生する霧に遠心作用及び推進作用を与える。」(甲第三号証2頁一二七行ないし3頁二二行。乙第八号証訳文7頁一五行ないし8頁一一行参照)「C)粉状及び液体の原料のための分離した輸送管からなり、円筒の入口端部内において大気中にその原料をまき散らすことができる手段と組み合わされた前記輸送手段、」(甲第三号証6頁一二一行ないし一二六行。乙第八号証訳文23頁一六行ないし一九行参照)と記載されていることが認められる。

なお、原告は、引用例2頁七八行の「the atmosphere」は、「円筒内壁面沿いの薄い空間部分」を指しているものであり、同3頁一七行の「atomized condition」は、「吹き付けられてしまった状態」と、同三頁二二、二三行の「the resulting mist」は、「生成された懸濁液」とそれそれ認定するのが妥当である旨主張するが、前掲甲第三号証によれば、引用例は、右認定のように理解すれば、その全体を無理なく読み取ることができ、また、後に判断するように、このような引用例の理解の仕方が技術的にも可能であって、右原告の主張は、いずれも合理的根拠を見出だすことが出来ないので、採用できない。

また、原告は、原告が主張するような認定は、英和辞典の該当項目について記載されている訳からも可能である旨主張するが、単に、辞典上、たまたま、そのような訳があったからといって、引用例についても同様の翻訳が可能であるということはできず、引用例と同一の分野において作成された文書において、そのような訳がされていることが明かにされて始めて、この主張ができるものといわなければならない。

[56丁裏四行から59丁表三行]

イ) the atmosphere[58丁表六行から七行]

判決は「空気中」と翻訳し、被告は「大気中」と翻訳した。

何れもなにがしかの広がりを持つ空間を意味する翻訳である。

そのようにする、そのようになる、と引用例の明細書に記載されているのならそれで正しい。しかし、そのようには記載されていない。引用例の記載を観よう。

しかし、まずまずの結果を得るには、羽根の先端に少なくとも一〇Gの放射方向への加速度は必要です。

シャフトの最適速度は、羽根の先端で四〇Gから八〇Gの放射方向への加速度を生み出すことができる速度です。

[3頁八二行から八八行]

との記載は、円筒内に供給された両原料が、一kgの物体の重さを、一〇kgにも、また四〇kgにも八〇kgにもするような力の大きさで両原料を円筒内壁面方向へ押し付けるようにすると言うのである。

従って、

円筒の中のドウ・ライナー四二の厚さは、入口端でおよそ五mm、排出端で八mmまでです。[3頁一〇八行から一一〇行]

と、「ドウ・ライナー42の厚さは、入口端(『入口端部』ではないことに注意)でおよそ五mm」との記載にも明らかなように、二つの原料供給口からそれぞれ平行に進む二つの原料は、大きな加速度の作用を受けて、すぐに入口端の円筒内壁面にへばりつく状態になると言っているのである。

この大きな加速度を生じさせるという記載は、「空気中」や「大気中」との「なにがしかの広がりを持つ空間を意味する翻訳」を否定しているのである。

引用例の記載には、判決も引用したように、20Aと20Bの羽根を、一〇~四〇~八〇Gの放射方向への加速度を生ずるように回転させ、それぞれの羽根に対向する位置に設けられた供給口から供給して供給口の直下で小麦粉と水に遠心作用を与える、と記されているのである。

肝心なことであるが、引用例には、その際、羽根が原料に遠心作用を与え損なうミスをする(=はじめは十分に遠心作用を与えられない)と、記載されていないのである。

入口端部では羽根をゆっくりと回転させて、はじめのうちは一〇Gよりも小さな加速度を原料に与えて原料を漂わせ、徐々にスピードを増して原料を一〇~四〇~八〇Gの加速度にして円筒内壁面に押し付ける…などとの記載もされていない。

羽根を回転させる動力部のトルクが小さくて、供給される小麦粉や水の抵抗で、羽根の回転が落ちることを想像させるような記載があるわけでもない。

そのような例外記載がなければ、記載の通り、円筒内に供給された原料は直ちに(=円筒内に入った瞬間から)一〇~四〇~八〇Gの加速度を受け、引用例の記載の通り「円筒の中のドウ・ライナー42の厚さは、入口端でおよそ五mm」になるのである。

これが、技術文献を読む態度であり、それ以外の曖昧な現象が入口端部で生ずるなどと、引用例の記載と無関係に考えることはできない。

「一〇G~八〇Gの加速度にもかかわらず、円筒内に入った当座は微粒子状の広がりを持つ現象になるだろう」などと勝手に考えること許されないのである。

このような引用例の記載に則してthe atmosphereを翻訳するならば、「空気中」や「大気中」ではなくて、原告の翻訳とならざるを得ず、そのような翻訳が正しい。

ロ) atomized condition[58丁表九行]

前記イ)に記した理由により、原料が一〇G~八〇Gの加速度のもとで「ごく微細に分散した状態」を呈するなどと考えることはできない。引用例の記載に則し原告の翻訳の通り、一般的な表現で言えば「吹き付けられた状態で」、もう少し厳密に表現すれば「吹き付けられてしまった状態」とならざるを得ない。

「一〇G~八〇Gの加速度」「入口端で五mm」との記載に反し、原判決のように「ごく微細に分散した状態」になると翻訳するのなら、そのように翻訳をする記載上の根拠、か科学的な根拠を挙げなければならない。

ハ) the resulting mist[58丁表一〇行から一一行]

これも、前記イ)に記した理由から、原科が一〇G~八〇Gの加速度のもとで「ごく微細に分散した状態である霧」を呈するなどと考えることはできない。

このように表現すれば、まだどこかに「ごく微細に分散した状態」になる余地がありそうにも聞こえるかも知れないが、「羽根が原料に遠心作用を与える」と記され、「加速度の大きさは一〇G~八〇G」と記されて、他に入口端部での羽根と原料との関係に例外的な条件(=一〇G~八〇Gの加速度を受けていない『ごく微細に分散した状態』や『霧状』を呈し得る条件)を与える記載が無い場合には、この記載は「一〇G~八〇Gで押し付けられる」と同義なのである。

このような大きな力で粉や水の原料を押し付ける力が働いて、どこに記載されている「これを打ち消す力」をもって、「ごく微細に分散した微粒子」や「霧」を可能にするのか、記載条件と異なる認定をおこなう以上、その根拠を示さなければならない。

もし、引用例のこうした記載条件のもとで、入口端部において原料が円筒内壁面に押し付けられずに、「ごく微細に分散した微粒子」や「霧」で存在するとすれば、引用例では筒の入口端部から排出端部までを通じ、羽根は同じ状態で配置され、羽根は同じ加速度を生じるように回転すると記載されているのであるから、原料は最後まで、円筒内壁面に押し付けられることはなくなり、円筒内壁面に裏地のように張り付いた状態のドウ・ライナーなど形成されないことになる。

これでは、はじめから最後まで、引用例の記載と矛盾することになる。

引用例には、原判決のように「ごく微細に分散した状態」や「霧状」を呈すると解釈すると、矛盾をきたすどころか、引用例の発明を吹き飛ばしてしまうような、次のような記載もある。

この発明の特有な実施例では、ノズル28に供給される水は、室温にもまた高温(六〇℃から一〇〇℃、また一三〇℃までにも)にもできます。

[3頁三一行から三六行]

一〇〇℃を越える処理温度が採用されると、液体原料は加圧された状態でノズル28へ供給され、そしてノズルを通って膨張させられることは理解されるべきです。この処理温度では、原料が部分的に円筒の入口端部で気化し、供給をするのに少々微妙な調節を要します。それ故、できれば液体原料の温度が一〇〇℃を越えないように操作することが望ましいのです。八〇℃から一〇〇℃の温度を推奨できます。

[4頁一二四行から5頁五行]

引用例の連続回転ミキサーが、小麦粉澱粉がアルファー化する(煮えた状態になる)温度である六二℃を越える、推奨温度八〇℃から一〇〇℃、そして時には一三〇℃もの湯を供給して操作する、澱粉質の予備調理を狙う、かなり特殊なミキサーであることがわかる。

そして、加温ヅャケット36が、円筒10を取り囲むように(典型的には円筒の長さの前半分かそれ以下に)高温処理用に設けられます。

[3頁三六行から三九行]

ジャケット36におよそ六〇℃からおよそ一三〇℃(できれば八〇℃から一〇〇℃)の加温液体を循環させ、そしてその上で、ノズル28に液体原料(例えば水、水とミルクの混合物、水と食用油の混濁液)を上記の範囲の温度で供給することにより、イースト(またはイースト代替え化学物質)の使用なしで、前条に述べたプロセスによってベーカリー製品のための優れたドウが得られます。

[4頁八七行から九八行]

典型的には、滞留時間はこの領域の温度に反比例して、六〇℃から八〇℃でおよそ三〇秒を越えないように、そして一三〇℃では五秒を越えないようにすべきです。(括弧内省略)

「4頁一一二行から一一八行」

引用例の装置が、高温の湯を円筒内に供給するのみならず、その円筒をも加熱して、円筒内の入口端部から中半までを六〇℃から一三〇℃にも及ぶ高温に保ち、円筒内に供給された液体原料の高温が下がることを防いでいることがわかる。

この引用例の方法と装置では、供給する液体燃料や加熱するジャケットに循環させる油の温度に一〇〇℃までの温度を推奨してはいるが、一三〇℃も採用温度である。(特許請求の範囲にも一三〇℃が求められている)

「一〇〇℃を越える処理温度が採用されると、液体原料は加圧された状態でノズル28へ供給され、そしてノズルを通つて膨張させられることは理解されるべきです。この処理温度では、原料が部分的に円筒の入口端部で気化し、供給をするのに少々微妙な調節を要します。」との記載にも記されているように、引用例の装置では、一〇〇℃あるいは一〇〇℃を越える温度の液体原料が円筒内に供給きれて、温度の故に気化しようとする原料を、一〇G~八〇Gの高い圧力で円筒内壁面に圧縮しておくことによって気化を押えつつ撹拌混合し、予備調理するのである。

一三〇℃もの水を円筒内に供給して液体として機能させることができるのも、原料を終始、一〇G~八〇Gの高圧に保つ装置方法であるが故のことである。

もし、一〇〇℃あるいは一〇〇℃を越える温度の円筒内に、一〇〇℃あるいは一〇〇℃を越える温度の液体原料を送り込んで、この液体を原判決が認定するように「ごく微細に分散した状態」や「霧状」にしたらどうなるか?

引用例の方法と装置は、回転する羽根の作用によって一〇G~八〇Gの加速度で円筒内壁面に押し付けられて、入口端で五mmの厚さの層を形成している原料ライナーのみが高圧に保たれる仕組みになっているのであるから、円筒内壁面に供給きれて「ごく微細に分散した状態」や「霧状」になっている液体原料は、ごく微細に分散したその全表面から瞬時にして気化・膨張する爆発現象を起こし、引用例の方法と装置は吹き飛ぶことになろう。

ごく微細に分散した状態になり、表面積を増した物体に生じる紛塵爆発のような現象である。

調節を誤り、ノズルから吹き出る蒸気なら、排出口から吹き出る現象ですむのであろうが、高温の円筒内で、高温の原料が「ごく微細に分散した状態」や「霧状」になれば、確実に爆発現象が生ずる。

原判決の認定はそのような誤った認定なのである。

一方、原告は、記載の通り「生成された懸濁液」と翻訳したが、小麦粉と製パン用の多めの水とが入口端部の円筒内壁面に押し付けられてそこに生じる混合物の状態として、「懸濁液」は正に科学的にびったりの生成物である。

現に、引用例も、小麦粉と水とが合わされて生成する最初の混合物を、次に示すように、「懸濁液」であると記している。

粉と水が適切な割合で混ぜられた時、最初の段階の生成物は、その中で澱粉とグルデンの水和がはじまる懸濁液としての粘稠度を有します。この懸濁液を、弾性があってねばねばするゴム状合成物のような弾性を示す物質にまで転化させてグルテンを粘らせるためには、この懸濁液をさらに機械的に処理すること(通常は少なくとも二〇分間)が必要です。

[1頁三八行から四八行]

と、粉と水を混ぜて粘りのある物質(ドウ)を得るまでの過程は、まず粉と水とが入り混じっただけの状態の「懸濁液」であると明記し、これを粘りのある物質にするために機械的に処理、すなわちミキシングをすることが必要であると記す。

引用例の the resulting mistは、引用例のこれらの記載によって「懸濁液」と翻訳するの他ない。

ニ) 「引用例は、右認定のように理解すれば、その全体を無理なく読み取ることができ、また、後に判断するように、このような理解の仕方が技術的にも可能であって、右原告の主張は、いずれも合理的根拠を見いだすことができないので、採用できない。」

[58丁裏二行から六行]:

「全体を無理なく読み取ることができ」と言ってみても、それが前記のように引用例の記載を無視しての「無理のない読み取り」では、それは特許法に背反し、また、経験則にも違背している。

「このような理解の仕方が技術的にも可能」:も、引用例の解釈である以上、引用例の記載を前記のように無視した「理解」では、特許に係わる判決として「誤った理解の仕方」である。

「右原告の主張は、いずれも合理的根拠を見いだすことができないので、採用できない。」:「合理的根拠」というが、どのような科学的・合法的な根拠なのか・判決は具体的な根拠を一切示していない。このような認定の仕方自体非科学的で違法である。

2) 次の原判決の認定も誤りである。

また、本件口頭弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第四号証(実験報告書(その一))によれば、実験報告書(その一)の装置は、一葉の羽根の前後をアクリル板で挟んだものであることが認められる。これに対し、引用発明の装置は、前掲甲第三号証の第1図及び第2図の記載によれば、軸によって支持された羽根は、その面が軸の軸方向に対して略一定の角度で斜めになるようにして固着されていることが認められるから、右羽根が高速で回転した場合、回転軸方向への風が円筒内で生じることが容易に理解できるところであり、したがって、実験報告書(その一)の装置では羽根の回転により生じるはずの軸方向の風の動きが全く無視されており、明らかに引用発明の装置と異なる構成であることが認められるので、実験報告書(その一)は、前記「円筒一〇内の原料及び生地の微粒子が目的に反して軸の表面に付着する傾向を持つ」と記載されていると認定することを妨げるものではなく、原告の前記主張は採用できない。

[67丁裏一一行から68丁裏六行]

この認定も非科学的な認定である。「実験報告書(その一)の装置では羽根の回転により生じるはずの軸方向の風の動きが全く無視されており、明らかに引用発明の装置と異なる構成であることが認められる」と言う。いかにも、この装置には羽根は一つしかないし、その羽根の両側面はアクリル板の側壁になっている。

羽根が斜めに向けられているために生ずる、原料が横の方向にも進もうとする原料の動きはアクリル板に阻まれる。

しかし、東京工業大学理学部長・応用物理学の川久保教授も鑑定書で肯定しているように、この実験装置によって、引用例の装置の羽根で作用を受けたときに生じる原料の運動のうち、放射方向と反放射方向への運動を確かめることができる。

すなわち、審決が認定したように、原料が軸の方向に展開して、「円筒内の羽根と羽根の間の空間方向にも原料の微粒子が分散しうる」[審決6丁裏一〇行から一二行]か否かを確かめることができる。

これは、力学の基礎的な知識であるが、複数の力の作用によってもたらされる物体の運動は、それぞれの力の作用の結果を加えた運動になる。

すなわち、羽根に働く放射方向への四〇Gの加速度によって、原料がブラス・マイナスの放射方向へどのように運動をするのかを確かめ、次に必要ならば、横方向の運動を確かめることができる実験装置によって羽根が斜めを向いていることによってもたらされる力による横方向の運動を知ればよい。

両者が同時に働く際の運動を知りたければ、それぞれの運動の結果を幾何学的に足せばよい。

従って、審決が認定したような、原料が軸の方向に展開して、「円筒内の羽根と羽根の間の空間方向にも原料の微粒子が分散しうる」か否かを確かめる場合には、横方向の運動を無視した、実験報告書(その一)の実験装置で十分なのである。

原判決の物理学に従えば、実験は総て本物のミニチュアを作らなければならなくなる。「必要に応じた実験装置」などというものはこの世になくなるであろう。

五人の子供が、微風が吹く春の日に、塀の上から手をつないで飛んだとき、子供たちは地面へ落下するか空へ舞い上がるか、意見がわかれたとする。その場合、原告なら、一人の子供に塀の上から飛び降りてもらって、地面に落ちるか空に舞い上がるかを確かめる。

川久保教授も、この実験が有効であると鑑定してくださるであろう。

原判決は、この実験をもって、「微風が吹いておらず、複数の子供が手をつないでいないから、この実験は、子供たちが空に舞い上がるとの主張を妨げるものではない。」と言うのであろうか。

3) 次の原判決の認定も誤りである。

なお、本件口頭弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第七号証によれば、川久保鑑定書の7頁八行ないし二一行には、小麦粉と水とが微粒子状態で接触する現象は物理的には生じない旨の原告の主張に沿う見解の記載があることが認められるが、右見解は、小麦粉と水が、回転羽根にたたかれて遠心作用及び推進作用を受ける間に微粒子状態で接触する機会がある事実を無視した見解というべきであり、現に、同号証によれば、同鑑定書8頁一五行ないし二六行には、「しかし、二つの原料がとばされる方向が同一(平行)である上に、飛ばされる距離は一cmからせいぜい三cmどまりの短い距離であり、空中を飛ぶ時間は非常に短いので、両者の接触は、あったとしてもほんの一部分です。粉が羽根の先端と同じ速度の毎秒九m(英国特許明細書3頁一一三行の記載)で空中を飛ばされると仮定すれば、一cmの距離を飛ぶ時間は〇・〇〇一秒、三cmの距離を飛ぶ時間は〇・〇〇三秒となります。粉は羽根の先端部でたたかれますので空中を飛ぶ時間は、実際には、更に短くなります。このような条件の下では、両者が接触し合う部分においても、両者がこの間に均一に混ざり合う可能性はありません。」と記載されていることが認められ、右記載によれば、同鑑定書においても、二つの原料が均一に混ざり合う可能性は否定していても、接触する可能性は肯定していることが認められるのであるから、同鑑定書は、前記「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触し合う」と記載されていると認定することを妨げるものではない。

[65丁表一行から66丁表五行]

(1) 原判決は、物理学を専門とする東京工業大学教授の川久保鑑定の小麦粉と水とが微粒子状態で接触する現象は物理的に生じない、との見解は、「小麦粉と水が、回転羽根にたたかれて遠心作用及び推進作用を受ける間に微粒子状態で接触する機会がある事実を無視した見解というべきである」と認定している。[65丁表]。

右認定は、原判決二-1項において認定した事実[〈2〉の認定―原判決63丁裏末尾~64丁表]を根拠としている。

原判決の認定は、二-2項の事実を前提とするとしても、誤っている。

即ち、右認定は、引用発明の装置において、どのような現象が物理的にみて生じるのかを全く無視し、二-2項の事実を表面的にしかも、誤って理解しているにすぎない。

1.原判決は、「供給された原料は、各羽根の先端により瞬間的にたたかれ、しかも推進作用を受けると理解される」とか、「ホッパーの排出部より供給される小麦粉は、対置している羽根20Aにより、まず瞬間的にであれ、激しく分散され、次いで、該羽根の回転に応じて遠心作用及び推進作用を受ける」とか、さらに、液状原料が供給されるノズル28の排出端部においても同様なことが行われると理解することができる」とか「円筒内の入口端部において、小麦粉及び水が、分散された時点において接触する」と認定している。

遠心作用を受けた原料がどのような力によって、どのような運動をするかについては何ら触れられていないことは一見して明かである。

しかし、この点が正に重要なポイントであって、ことに川久保鑑定の前提とする物理法則および川久保見解があてはまるのである。

原判決が引用しているように、川久保鑑定は、引用例に記載されている条件と物理的法則に基づいて、小麦粉と水との「二つの原料が飛ばされる方向が同一(平行)である上に、飛ばされる距離は一cmからせいぜい三cmどまりの短い距離であり、空中を飛ぶ時間は非常に短いので、両者の接触は、あったとしてもほんの一部分です。」[原判決65丁裏]「粉は羽根の先端部でたたかれますので、空中を飛ぶ時間は(従って、また飛ぶ距離も)更に短くなります。」[原判決65丁裏]

右川久保見解を原判決が否定しないばかりでなく、引用している(この点については別な問題があるが、後述する)以上、右川久保見解、これが前提とする物理法則を正しいと認めざるをえないであろう。そうだとするならば、物理法則を前提とした川久保見解をなんらの根拠もなく無視した原判決の認定が、経験則(物理法則は経験則以上にたしかな法則であろう)に違背していること明かである。

2.原判決は、右川久保鑑定の引用部分の「記載によれば、同鑑定書においても、二つの原料が均一に混ざりあう可能性は否定していても、接触する可能性は肯定していることが認められる」と述べている。

しかし、「二つの原料が均一に混ざりあう可能性」を川久保鑑定が否定しているにもかかわらず、なお、引用発明が本願発明と同一であると認定する原判決が、どう考えても理解することができない。

右川久保鑑定が誤りだというのであれば、何故そうだというのか。原判決には合理性がなく認められない。

しかも、原判決は、右川久保鑑定は「接触する可能性は肯定していることが認められる」と述べているが、ここに至って原判決の認定の誤りはなお明白である。

右川久保鑑定は、確かに接触の可能性を肯定しているが、それは、「両者の接触は、あったとしてもほんの一部です」と述べているように、全体の量のほんの一部について接触する可能性を肯定しているにすぎないのである。

しかも、二つの原料が遠心作用を受けることは原判決の認定する通りであり、この遠心作用によって二つの原料は羽根の先端によってたたかれた瞬間(これも原判決の認定する通り)に、羽根の先端から円筒内壁面の僅かな空間を、一瞬にして円筒内壁面に向って飛ばされ、円筒内壁面に付着してしまうのである。

(羽根の先端と円筒内壁面との距離を、引用例の記載によって確かめれば、一mmの距離が推奨されている。[4頁七〇行]ことからも明らかなように、実際には空間を飛ぶことはない。)

この過程で、二つの原料のほんの一部が接触する可能性を肯定しているのが川久保見解なのである。

よもや原判決はこのことをもって、全体が接触する旨認定しているのではあるまい。全体が接触していなくても、ほんの一部が接触すれば、本願発明にいう一瞬にして二つの原料が接触してかつ均等に混ざりあうということと同一であると言おうとしているのではあるまい。

そうでないとすれば、本願発明はほんの一部接触することを内容とすると理解しているととらざるを得ないが、その誤りであること前述のとおりである。

以上のとおり、原判決の〈2〉における原告(上告人)の指摘する部分の認定には、物理法則の違背があること明白である。

しかも、前記のような川久保鑑定の前提とする物理法則によれば、引用発明の装置において、小麦粉と水との微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触しあう現象は生じないのであるから、これとは異なった原判決二-2の事実認定、ことに、「小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触しあうと同時に遠心作用及び該円筒の排出端部に向う推進作用を受ける」は物理法則に違背するものであること明かである。

原判決は引用発明において、

「ホッパー及びノズルの排出口からそれぞれ供給された小麦粉及び水は、その排出口に対応する円筒の入口端部において分散され、遠心作用及び推進作用を受けるのと同時に、小麦粉と水との微粒子はそれぞれごく微細に分散した状態で互いに接触しあうものであることが開示されていることが認められる。」

と認定する。[59丁表]

他方、原判決は、川久保鑑定書において、

「二つの原料が均一に混ざりあう可能性は否定していても、接触する可能性は肯定していることが認められるのであるから、同鑑定書は、前記『小麦粉と水との微粒子はごく微細に分散した状態で互いに接触しあう』と記載されていると認定することを妨げるものではない」

と認定している[65丁表~66丁裏]。

前者の認定と後者の認定とは明かに齟齬がある。

前者の認定は、引用発明において生じる現象の結論的部分であり、かつ本願発明の方法と同一のものであるとする認定の前提となっているのであるから、小麦粉と水とが均一(均等)に統合することを前提としているものと考えられるが、後者の認定は、二つの原料が均一に混ざりあう可能性を否定していてもなおかつ両者は互いに接触しあうというのであるから、均等な混ざり合い(均等な接触)を前提としていないことは明かである。

前者の認定と後者の認定とは、肝心の「均等な接触」という点において異なった認定をしながらかつ同一結論を導き出しているものであって、理由に齟齬があること明白である。

原判決がこのような理由の齟齬を来したのは、前述のように引用発明についての理解を誤っているからに外ならない。

以上

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